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岩崎神社
毎年9月の第1日曜日に行われる伝統行事、石投げ相撲が有名。江戸末期、当時流行していた悪疫退散の万年願をかけて、村の若者が水車橋付近に集まって相撲を取ったのが始まりと言われています。今では子ども相撲なども行われています。
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呑山観音寺(のみやまかんのんじ)
呑山観音寺は「のみやまさん」の愛称で親しまれている高野山真言宗の別格本山です。呑山観音寺の山号になっている鉾立山の由来は諸説ありますが、一説には神代の時代、海津見神(ワダツミノカミ)の娘である玉依姫(タマヨリノヒメ)が、神武天皇の尊父である彦波剣武鵜茅葺不合尊(ヒゴナミサタケウガヤフキアエズノミコト)に嫁いだ際に鎮座する山の高さを見比べるため頂上に鉾をつき立てたためといわれています。...
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萬行寺
亨禄(きょうろく)2年(1529)七里隼人(しちりはやと)が蓮如上人(れんにょしょうにん)の命により建てたもので、明治時代の住職七里恒順(しちりこうじゅん)は真宗(しんしゅう)の名僧といわれた。 また、薄幸(はくこう)な身で、信心深かった遊女名月(めいげつ)の墓から初七日に蓮花(れんげ)の花が咲いたという伝説「明月の墓」がある。
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天神西交差点広場/平和の門ほか
歩道エリアにはデザイナー・松永真による作品が並ぶ。“楽しくて対話できるもの”というコンセプトのもとに制作したこれらの作品は、カエルやキリンをモチーフにしており、親しみやすく心和むものばかりだ。
万四郎神社
万四郎神社(まんしろうじんじゃ)
江戸初期の貿易家・伊藤小左衛門の子である小四郎と万之助の霊を祀ると伝えられ、子供の息災の神として崇敬されている。小左衛門は朝鮮への武器輸出が発覚し、寛文7年(1667)長崎西坂で処刑され、その家族も連座して処刑された。人々は幼い子供の死を悼み祀ったという。しかしながら、藩主の信任の厚かった伊藤家への配慮か、母子3人は助命されたという言い伝えもある。
綱敷天満宮
綱敷天満宮(つなしきてんまんぐう)
祭神は菅原道真。道真が袖の湊に上陸した際、漁人が舟の綱を輪にして敷物を作って出迎えたという伝説によるもので、江戸時代には綱輪天神と呼ばれていた。次第に綱場と呼ばれるようになり、現在も町名として残っている。
金龍寺
金龍寺(きんりゅうじ)
曹洞宗の禅寺で、山号は耕雲山。永正5年(1508)、怡土郡高祖村(前原市)に高祖城主・原田弘種が創建し、福岡藩二代藩主・黒田忠之の時に現在地へ移転した。寺内には福岡藩の大儒・貝原益軒と東軒夫人の墓がある。大正7年(1918)、病気静養のため来福した倉田百三は、当寺に寓居して『愛と認識との出発』『俊寛』を構想、執筆。さらに、倉田は武者小路実篤の『新しき村』に共鳴してその支部を設置した。
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檀一雄歌碑(だんかずおかひ)
作家檀一雄が亡き妻律子を悼んで詠んだ歌「つくづくと櫨(はじ)の葉朱く染みゆけど下照る妹の有りと云はなく」が刻まれています。みやま市にある善光寺の裏山で筑後平野を見下ろしながら死別した妻を想い、詠んだ悲歌とされています。
主基斉田碑
主基斉田跡(すきさいでんあと)
昭和3年11月、京都御所で行われた昭和天皇の即位式で、主基殿に供えられた新米が脇山の石津新一郎が所有したこの斉田より献上された。 全国から選ばれ、古式により田植えから収穫仕上げまで、村(当時の脇山村)を挙げての大行事であった。 この斉田から白米3石(450キログラム)が献上された。
グリーンピアなかがわキャンプ村
グリーンピアなかがわキャンプ村
南畑ダムを見下ろす山の中腹にあるキャンプ村には、きれいに整備された施設(バンガロー・日帰りバーベキュー場・水遊び場等)が充実。毎年、シーズンには多くの家族やグループの人たちで賑わっています。
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二丈森林公園「真名子木の香ランド」(まなごきのからんど)
二丈岳の中腹にあり、木造の山小屋風総合案内研修施設、家族やグループで利用するのに最適な小研修施設やバンガローキャンプ場がある。杉の林の中で森林浴や日光浴が楽しめ、夏場は利用者が絶えない。
今津運動公園
今津運動公園
公園内にはテニスコートやサッカーグラウンド、体育館のほか、アスレチック広場、ちびっこ広場、ジョギングコースなどが揃い、家族連れでのびのびと遊ぶことができる。
飯盛神社
飯盛神社(いいもりじんじゃ)
旧早良郡7ヵ村の惣社で、祭神は品陀和気命・伊弉冉尊・玉依毘賣命を祀っている。かつては上宮・中宮・下宮があり、飯盛山全体が神域だった。上宮跡の山頂は永久2年(1144)の瓦経の出土地で、鎌倉時代には300有余町の社領を領し、南北朝時代にはそれぞれの拠点となり飯盛山合戦が行なわれた。本殿(市指定文化財)は慶安3年(1650)に建立。南北朝時代の宋風の石造狛犬(県指定文化財)、飯盛神社文書(市指定...
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福岡城 下之橋御門
城の西側にあり、東側の上之橋御門とともに、城内に入るための門として使用されました。 2000年(平成12年)8月に不審火で半焼しましたが、2008年(平成20年)11月に復元されました。焼失前は一層でしたが、現在の二層の姿が本来のものと考えられています。
公園内
奴国の丘歴史公園
日本で初めて小銅鐸の鋳型が出た国指定史跡・岡本遺跡を中心に整備した公園。現在、池や樹木に囲まれた奴国の森と、カメ棺墓や弥生時代中期の遺構を修復・復元した遺跡の丘が完成している。
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崇福寺
臨済宗大徳寺派で、山号は横岳山。仁治元年(1240)、湛慧が大宰府横岳に創建した。翌年、宋から帰国した聖一国師(円爾弁円)が招かれ、開堂説法を行なった。文永9年(1272)に大応国師(南浦紹明)が入寺し開山。その後多くの高僧を輩出し、慶長5年(1600)、初代福岡藩主・黒田長政により現在地に移転され、黒田家の菩提寺として庇護を受けた。墓所には嶋井宗室などの墓もある。 山門(さんもん) 旧福岡...
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仲島水辺公園(なかしまみずべこうえん)
須恵川の流れを利用した河川プールや東屋などがあり、くつろぎのスペースです。周辺の河川道路は桜の名所となっています。
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キッザニア福岡
3歳~15歳のこども達が、さまざまな体験を通して楽しみながら社会の仕組みを学ぶことができる「こどもが主役の街」。約50の実在する企業が出展するパビリオンで、警察官や医師、キャスター、航海士など体験できる仕事やサービスは約70種類あり、こども達は好きなことにチャレンジできる。 ユニフォームや仕事で使う道具、街並みなども本格的で、仕事をするとお給料として専用通貨「キッゾ」がもらえ、サービスを...

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