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公園内
奴国の丘歴史公園
日本で初めて小銅鐸の鋳型が出た国指定史跡・岡本遺跡を中心に整備した公園。現在、池や樹木に囲まれた奴国の森と、カメ棺墓や弥生時代中期の遺構を修復・復元した遺跡の丘が完成している。
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円覚寺
円覚寺は、寛元4年(1246年)大覚禅師(蘭渓道隆)が宋より大宰府へ来朝した際、時の鎌倉幕府五代執権・北条時頼が大伽藍を矢倉門(現在の祗園町)に創建しました。しかし、時の戦乱・兵火により寺院の全てを焼失してしまいます。 その後、寛永13年(1636年)に聖福寺の境内に基礎を移転して再建し、聖福寺の塔頭寺院となりました。 この円覚寺は、福岡藩士立花実山直筆の「南方録」が伝承されており、南方...
武内屋敷跡と不老水
武内屋敷跡と不老水
ここは、神功(じんぐう)皇后の新羅遠征で功績のあった武内宿彌(たけのうちのすくね)が、香椎在陣中に居住したと伝えられている。宿彌は300歳までも生きたという伝説の人である。 近くの不老水は宿彌の長寿にちなんだもので、以前は香椎宮の綾杉(あやすぎ)の木と共に皇室に献上されていた。不老水は長寿の神秘を物語るように、汲めどもつきぬ水を湧かせている。
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能古島海水浴場
博多湾に浮かぶ能古島の海岸にあり、ヤシの木に囲まれた海水浴場。飛び込み用の浮き船「ジャンプ丸」があり、大人も子供も大はしゃぎ。
勝福寺
勝福寺(しょうふくじ)
臨済宗大徳寺派の寺で、山号は龍起山。大覚禅師(蘭渓道隆)と鎌倉幕府五代執権・北条時頼を壇越として、建長元年(1249)に創建。延文5年(1360)には朝廷の勅願寺となり、これに関する文書が他の21点の中世文書とともに残されている。曲彖(椅子)に座った禅師が描かれている『絹本着色大覚禅師像』は、縦112.8cm、横59.69cmで、国の重要文化財に指定されている。
今も祭礼を受け持つ「川端飢人地蔵」
川端飢人地蔵(かわばたうえにんじぞう)
享保の飢饉の犠牲者は、筑前国内で死者10万人とも言われている。 飢饉で亡くなった人を祀る市内各所の飢人地蔵のひとつで、博多川沿いにまつられている。おにぎり地蔵や味噌食い地蔵など、各地域の人が今も祭礼を受け持つ。 毎年、8月23日、24日には供養祭が行われている。
大塚古墳
大塚古墳
高祖山山麓の丘陵上にある前方後円墳。古墳の全長は64m、高さ6.5m、6世紀前半に造られたと考えられている。保存されている墳丘、同濠、外堤の規模は北部九州屈指。昭和52年に保存整備のため調査されたが、埋葬施設は未調査のため不明。
枯野塚
枯野塚(かれのづか)
芭蕉の高弟、向井去来(きょらい)が博多に立ち寄ったとき、同門の呑舟(のんしゅう)が書きとめた芭蕉辞世の句を郷土の俳人哺川(ほせん)に贈った。 感激した哺川が折から博多に来た芭蕉の高弟志太野坡(しだ やば)に「芭蕉扇の墓」の揮毫(きごう)を頼み、元禄13年(1700)この句を刻み枯野塚を建立した。県指定の史跡である。
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中ノ島公園(なかのしまこうえん)
続風土記拾遺にその由来が記されている日吉神社の境内と、それに隣接する那珂川の中洲全体が中ノ島公園。県天然記念物のオガタマノキなど大木が茂る中、夏はひんやりとした風が吹き利用客で賑わいます。公園内には生産物直売所もあります。
小野公園
小野公園(おのこうえん)
犬鳴山系のふもとに位 置する緑あふれる公園。山登りの拠点になっている。野球グラウンドだけでなく多目的広場や遊具のある児童公園も備えており、市民の安らぎの場になっている。
博多の森 湯処 「月の湯」
博多の森 湯処 「月の湯」
美容と健康に配慮した女性に人気の湯。ミネラルを含んだパール風呂やラドン風呂など、趣向を凝らした湯船が揃うのも嬉しい。このほか、マッサージや食事処もあり。
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平塚古墳(ひらつかこふん)
以前は直径18mほどの古墳であったとみられ、巨大な箱式石棺が発見された。棺の底からは管玉 17個が発見され、この管玉の特徴が古墳時代のものより弥生時代のものに近かったため原始古墳ではないかと推定されている。
板付遺跡
板付遺跡
国指定の史跡で、稲作を行っていた集落跡では国内最古。標高11〜12mの低台地上に集落を設け、東西の沖積地を水田としていたと考えられている。集落には断面がV字形の環濠をめぐらし、周囲を水田の用水路をかねた溝が取り囲んでいた様子がわかる。集落と墓地、水田が複合する、弥生文化を知る上できわめて重要な遺跡だ。
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也良崎万葉歌碑(やらのさきまんようかひ)
也良崎は防人が置かれていたことが分かっている全国唯一の場所。この歌は防人を詠んだ歌の一首で、船出して帰らぬ人となった夫を恋い慕う妻子の悲しみを詠んだものです。沖つ鳥 鴨とふ船の 帰り来ば 也良の防人 早く告げこそ(「万葉集」3866)
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みずがめの郷(久末総合公園)
福津市の水がめである久末ダム周辺を公園として整備したもので、野球場、テニスコート、多目的広場があります。ダム周辺は散策の場として四季折々の自然とふれあうことができます。また、久末ダムは、バードウォッチングが楽しめ、冬場は鴨類などの水鳥も飛来します。
七夕池古墳
七夕池古墳(たなばたいけこふん)
昭和48年に箱式石棺が発掘された大型円墳で、国指定の史跡です。副葬品には銅鏡や琴柱形石製品などがみられ、被葬者は高齢の女性で巫女的な存在であった言われています。石室や出土品より5世紀前半と推定されています。
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樹芸の森・鳴淵ダム展望台(じゅげいのもり・なるふちだむてんぼうだい)
篠栗の豊かな緑を満喫できる森林公園。レクリエーションやバードウォッチングのスポットとして利用されています。天気のいい日には、森林浴を楽しむ家族連れの姿も見られます。
大乗寺跡
大乗寺跡(だいじょうじあと)
大乗寺は法皇山宝珠院と号して、昔は奈良西大寺の末寺で律宗に属し、亀山上皇の勅願寺でありましたが、のち浄土宗に転じ、更に真言宗に改宗、大正9年(1920)長宮寺と合併して、中央区大手門一丁目に移り戦災で焼失しました。 この寺跡に亀山上皇が元寇の際、西大寺の叡尊(えいそん)に命じて、博多において敵国降伏の祈願を行わせた勅願石や、県指定文化財の地蔵菩薩板碑、蒙古碇石があります。

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