観光・体験
Sightseeing & Activity
JR博多駅にほど近い場所にある比恵公園。中央に、高さ4メートルの大きな掌のモニュメントがそびえ立っています。山梨県出身、福岡市在住の作者は、数多くのパブリックアート作品を手掛け、また、障がい者アートのプロデュース活動も行っている彫刻家。
この作品はアジアの玄関口、福岡での出会いや別れが表されているそうです。行き交う人の時間帯、向かう方向によって感じ方が違い、「ハロー」にも見えれば「グッバイ」...
元寇防塁の南約400m、道路とJR鹿児島本線の間にある地蔵堂。寛永8年(1631)に福岡藩二代藩主・黒田忠之が建立し、明治42年(1909)に九州大学工学部が建設される際、この地に移転した。この堂に鎮座する石造地蔵菩薩坐像は、小松(平)重盛が育王山(中国浙江省の山で巡礼地)に砂金を送り、その帰船にこの菩薩像を乗せてきた、との言い伝えがある。境内の板碑群とともに県指定文化財である。
祭神は素盞鳴命、櫛稲田姫命、大己貴命。明治年間(1868~1912)に村内の4社から6神を合祀し、現在9神を祀っている。市指定の有形民俗文化財の若武者絵馬は、黒田藩四代藩・主綱政が、元禄14年(1701)に青木神社(祇園社)へ奉納したもので、筑前御用絵師の重鎮・狩野昌運の筆によるもの。元旦には獅子舞(市指定無形民俗文化財)が奉納される。
昭和3年11月、京都御所で行われた昭和天皇の即位式で、主基殿に供えられた新米が脇山の石津新一郎が所有したこの斉田より献上された。
全国から選ばれ、古式により田植えから収穫仕上げまで、村(当時の脇山村)を挙げての大行事であった。
この斉田から白米3石(450キログラム)が献上された。
弘安4(1281)年の元寇の際、高野山の僧侶一行が護摩を焚き、博多湾に侵攻した蒙古軍の降伏を祈祷したといわれている場所。蒙古軍が退散し、一行が帰るとき、不動明王の火焔形をこの地にとどめたため、火焔塚と呼ばれるようになったと伝えられている。潮見公園から志賀海神社に下る途中にある。
叶岳が長垂山にのびる標高20~28mの丘陵尾根上に位置する草場古墳群は、方墳2基、円墳10基からなる古墳群である。昭和47年と48年、平成元年に発掘調査が実施された。 6世紀から7世紀にかけての古墳時代後期に造られた古墳群である。1号墳は、一辺が17mの方墳で横穴式石室をもっている。円墳で最も残りのよい3号墳は径約14mで、内部主体は長さ4.5mの横穴式石室である。石室内から須恵器の他に武器...
7世紀後半、九州では最古級のウトグチ瓦窯遺跡をドームで覆って完全保存。
展示館とした施設。当時の瓦窯の様子や瓦の歴史が学習できる。
また復元されたのぼり窯や工房があり、焼物づくりが実際に体験できる。
臨済宗大徳寺派の禅寺で、山号は海晏山。文応元年(1260)鎭西探題・北条時定が開創。宋より帰国した南浦紹明(大応国師)が、文永7年(1270)に招かれて開山した。その後、太宰府横岳崇福寺・京都万寿寺・鎌倉建長寺の住持となり高僧を輩出。その法脈を大応派と称した。寺蔵の絹本著色大応国師像は、師資相承の証しとして弟子に与えられたもので、国指定の重要文化財である。
道沿いに突如、姿を現すピンクのプードル! 丸みを帯びたフォルムは、まるで大きなバルーンアートのようです。作者の申明銀さんは、犬のシルエットをモチーフにしたカラフルなペインティングや彫刻作品、犬のおもちゃを連れての散歩パフォーマンス、犬のぬいぐるみを使って世界各都市の旅写真を撮る作品など、一貫して「犬」をテーマにした作品を発表する韓国出身の現代美術家です。表情はなく、つるんとした無機質な表面で...
藍の家は、千軒民俗館として、案内やイベントを行っている。
防火のための壁「うだつ」が上方だけにある「そでうだつ」には、建築主「上妻善兵衛」の「上」「善」の字が刻まれている。
柱は虫害に遭わないように海水につける処理が行われた「塩木」である。
明治34年(1901年)に建築。
平成6年に当時の津屋崎町に寄贈。
平成19年に国の登録有形文化財に登録。
平成27年放送のNHK地域ドラマ「ここにある...