観光・体験
Sightseeing & Activity
7世紀後半、九州では最古級のウトグチ瓦窯遺跡をドームで覆って完全保存。
展示館とした施設。当時の瓦窯の様子や瓦の歴史が学習できる。
また復元されたのぼり窯や工房があり、焼物づくりが実際に体験できる。
福岡市との境にそびえる高祖山にある大規模な山城跡。天平勝宝8年(756)に造られ、礎石や高さ4~5mにおよぶ土塁を残している。城跡全体が国の史跡となっている。築城の際に鎮守神として祭られた高祖神社があり、春と秋の年2回、県の無形民俗文化財に指定される高祖神楽が奉納されている。
福岡平野東南部、月隈丘陵から延びる丘の上に築かれた円墳。大きさは直径34m、高さ9m。内部主体は複室の横穴式石室で、全長11.2mを誇る。大きな花崗岩を組み合わせて造られた石室は、福岡平野で最大級の規模だ。墳丘・石室の規模から御笠川中流域の有力豪族を被葬者とし、6世紀末〜7世紀初頭に築造された古墳と考えられている。石室の保存状態は良好。中に入って見学できる。
インドネシアのアーティストエコ・ヌグロホさんが制作したこの作品は、高さおよそ5メートル、幅2メートルほどです。
上部は博多湾の豊かな自然を、下部は活気のある都市活動を表しています。カラフルでエネルギーに溢れる作品が、訪れる人たちを迎えています。博多港エリアに散策しながら、是非見に行ってみてください。
也良崎は防人が置かれていたことが分かっている全国唯一の場所。この歌は防人を詠んだ歌の一首で、船出して帰らぬ人となった夫を恋い慕う妻子の悲しみを詠んだものです。沖つ鳥 鴨とふ船の 帰り来ば 也良の防人 早く告げこそ(「万葉集」3866)
能古島の北端の海岸にあり、海水浴も楽しめるキャンプ村。キャンプ用品や調理道具などのレンタル道具が一式揃っているので、手ぶらでもバーベキューやアウトドアが楽しめる。宿泊者には、バナナボート(1回)無料サービスなどもあり。
臨済宗大徳寺派の寺で、山号は龍起山。大覚禅師(蘭渓道隆)と鎌倉幕府五代執権・北条時頼を壇越として、建長元年(1249)に創建。延文5年(1360)には朝廷の勅願寺となり、これに関する文書が他の21点の中世文書とともに残されている。曲彖(椅子)に座った禅師が描かれている『絹本着色大覚禅師像』は、縦112.8cm、横59.69cmで、国の重要文化財に指定されている。
幅約20m、長さ1kmに渡って続く鳴き砂の海岸。
音の元となる石英の含有率が高く、純度の高い砂であることから、砂の上を歩くとキュッキュッと不思議な音を聞くことができる。
京都の合戦で敗れ、九州まで逃れた足利尊氏は、延元元年(1336)宗像大宮司らの援軍を得て、多々良川右岸丘陵に陣どり、肥後の菊池武敏が率いる九州勢の大軍を迎え撃った。
当時、この付近一帯は戦場となり激戦が展開されたところで、戦いは菊池側の松浦、神崎ら諸軍の裏切りから乱軍となり、形勢は尊氏側に傾いた。余勢をかった尊氏は京に上り、室町幕府を築いた。
大神神社境内と、現在の高見台南公園に分布する3基の円墳群。神社拝殿西横の1号墳は横穴式石室の玄室が残り、公園緑地内にある3号墳は墳丘径20m、内部主体全長7.3mの横穴式石室。現在も形のよい墳丘と石室が残されている。石室からは須恵器と土師器が出土し、この古墳群では一番最初の6世紀末、造られたものと考えられている。
10月第3土・日の秋季大祭での大名行列は200年の伝統を誇り、豪華な装束を身にまとった行列が続く。広い境内は自然にも恵まれ、県指定の天然記念物トキワガシ・イチイガシの樹木が見事。
叶岳が長垂山にのびる標高20~28mの丘陵尾根上に位置する草場古墳群は、方墳2基、円墳10基からなる古墳群である。昭和47年と48年、平成元年に発掘調査が実施された。 6世紀から7世紀にかけての古墳時代後期に造られた古墳群である。1号墳は、一辺が17mの方墳で横穴式石室をもっている。円墳で最も残りのよい3号墳は径約14mで、内部主体は長さ4.5mの横穴式石室である。石室内から須恵器の他に武器...
ここは、神功(じんぐう)皇后の新羅遠征で功績のあった武内宿彌(たけのうちのすくね)が、香椎在陣中に居住したと伝えられている。宿彌は300歳までも生きたという伝説の人である。
近くの不老水は宿彌の長寿にちなんだもので、以前は香椎宮の綾杉(あやすぎ)の木と共に皇室に献上されていた。不老水は長寿の神秘を物語るように、汲めどもつきぬ水を湧かせている。
大島の最高峰、標高224mの御嶽山山頂にあり、360度の大パノラマが広がる。眼下に大島漁港や沖ノ島、壱岐といった玄界灘の島々、遠く英彦山、脊振などの山々。晴れた日には山口県方面 まで見渡すことができる。