観光・体験
Sightseeing & Activity
自然をそのまま保存することをテーマに整備された公園。市街地に残る貴重なオープンスペースとして親しまれている。桜のお花見広場やもみじ園など四季折々の自然散策が楽しみ、四方が展望できる設計になっている。
吉武高木(よしたけたかぎ)遺跡は、西に飯盛山、東に室見川を望む地に営まれた弥生時代の大規模な遺跡です。
弥生時代中期(約2,200年前~2,000年前)の「国」(地域的なまとまり)の成立と展開を知る上で特に重要な遺跡として、 平成5(1993)年に国史跡に指定されました。
「やよいの風公園」は歴史公園として、2017年4月にオープンしました。
2.7ヘクタールの敷地に当...
東区、糟屋郡新宮町、久山町の境にある立花山(標高367m)に築かれた南北朝~戦国時代の山城。豊後・大友氏の拠点で、元徳2年(1330)に大友(立花)貞載が築城した。7世の鑑載が大友宗麟に背いたため、戸次鑑連(道雪)がこれを攻めて入城し、立花氏を称するようになった。天正14年(1586)、その子の統虎(宗茂)は九州征覇のために北上して来た島津氏とここで戦い守り抜き、のちに豊臣秀吉から柳川の城主...
明治32年、博多誓文晴(払)の創始者漬物屋 八尋利兵衛(やひろりへい)が住吉から中洲付近まで開発し、遊園地「向島」を開園した。
その開園記念に建設された灯籠で、昭和29年清流(せいりゅう)公園内に移された。灯籠には商屋の家号が刻まれていて、当時の博多経済界を知る上で貴重な民俗資料である。
大正5年の起工以来7カ年の歳月をかけて完成した福岡市で最初の上水道ダムである。堰堤(えんてい)の高さ45メートル、長さ161メートル、上部の幅4・0メートルの規模で、260万8千トンの貯水が可能な重力式ダムである。当初は12万人へ給水をしていたが、市勢の発展と共にダムも拡張工事が行われ、現在の大きさになった。
江戸初期の貿易家・伊藤小左衛門の子である小四郎と万之助の霊を祀ると伝えられ、子供の息災の神として崇敬されている。小左衛門は朝鮮への武器輸出が発覚し、寛文7年(1667)長崎西坂で処刑され、その家族も連座して処刑された。人々は幼い子供の死を悼み祀ったという。しかしながら、藩主の信任の厚かった伊藤家への配慮か、母子3人は助命されたという言い伝えもある。
祭神は菅原道真。道真が袖の湊に上陸した際、漁人が舟の綱を輪にして敷物を作って出迎えたという伝説によるもので、江戸時代には綱輪天神と呼ばれていた。次第に綱場と呼ばれるようになり、現在も町名として残っている。
「現実の自然界」と「身の回りに存在するバーチャル」を組み合わせた作品で知られる、現代美術家レアンドロ・エルリッヒが手がけたアート作品です。
デジタルの「ピクセル表現」と自然の象徴である「樹木」を融合させたユニークな形状で、高さは約5.7メートル。
江戸時代中期のものといわれるが、九州では最も古いワラ葺きの民家。伝教大師(最澄)が中国から帰国した折りに寄宿し、世話になったお礼として「横大路」の性と「毘沙門天の像」「法理の火」「岩井の水」を贈られ、「法理の火」を千年以上守り続けていることから「千年家」と呼ばれている。また、毘沙門天の像は高さ30センチほどの高さで最澄が手彫りしたと言われ、毎年4月13日の「御開帳祭」の日だけ見ることができる...
玄界灘に浮かぶ周囲3.8kmの姫島は、明治維新の歴史を陰で支えた尼僧、野村望東尼の流刑地として知られている。
その時の獄舎を復元し御堂として祭り、側には波乱の生涯を偲ぶ顕彰碑も建っている。
江戸時代、異国船監視の遠見番所が置かれ、海上交通の要所になっていた鎮山は、遊歩道も整備され、登山を楽しむことができる。
曹洞宗補陀山興宗寺の境内、右側丘陵の半腹に南向きに位置している円墳。墳丘の推定直径は約20mで、石室は複室構造の横穴式。古墳時代後期のものとされている。石室内の奥の間の正面には阿弥陀、左右には観音、勢至両菩薩が彫られている。作者・製作時期は不明だが、その形態から穴観音と呼ばれて信仰されている。
黒田忠之公(2代藩主)により創建された三間社流造の社殿が現在に至り、安土桃山文化の影響を受けた彫刻が施されている。
奥宮の桜井大神宮は伊勢大神宮から勧請したもので、内宮外宮を一体化した神明造りの社殿である。
県指定の重要文化財。
2011年に創立百周年を迎えた九州大学に付設している総合博物館。
研究や教育の過程で収集されたり用いられたりした膨大な学術資料や教育資産を管理。
そのごく一部の実物を、1930(昭和5)年に竣工された歴史的建物の3階にある常設展示室で見ることが出来る。
公開講演会や企画展示、子ども向けのワークショップなどもしばしば開催。特に、年に数回開催される、収蔵展示室の一般公開や、古い施設を使った...