観光・体験
Sightseeing & Activity
天明4年(1784)、福岡城下に創建された藩校・甘棠館の跡。学館長・亀井南冥は、徂徠学派の儒医。「独看」という生徒の自主・自発の学習を重んじ、その学派は朱子学派の修猷館と相対した。寛政10年(1798)に学舎焼失し、寛政異学の禁と相まって廃校となった。広瀬淡窓など幾多の人材を輩出し、東学問所の修猷館と並んで称されている。なお、金印発見の際、南冥が『金印弁』を著し、その保護に努めた事跡は著名である。
平家落人の里として伝説の残る唐原の里。
ここの林道から谷川沿いに小道を登ると見えてくるのが千寿院の滝。
高さ約20mで白い水しぶきとなって流れ落ちる様子は見事。夏場でも涼しく、観光客で賑わう。
作者についてはもはや説明不要でしょう。「世界のKUSAMA」こと、草間彌生さんの作品です。
福岡市美術館の屋外に設置されている水玉の黄色い《南瓜》が有名ですが、実は舞鶴にある「あいれふ」でも草間さんの作品が見られるんです。しかも、3体も!
大神神社境内と、現在の高見台南公園に分布する3基の円墳群。神社拝殿西横の1号墳は横穴式石室の玄室が残り、公園緑地内にある3号墳は墳丘径20m、内部主体全長7.3mの横穴式石室。現在も形のよい墳丘と石室が残されている。石室からは須恵器と土師器が出土し、この古墳群では一番最初の6世紀末、造られたものと考えられている。
7基からなる古墳群。太平寺緑地保全地区内にあり、4基の円墳の墳丘が確認できるが、古墳自体は未調査のまま。貝原益軒の『筑前国続風土記』には、「桧原村の内にて柏原の境にある禅寺なりしとやか今に其跡残れり。那珂郡屋形原に居たる千葉探題の帰依の寺なりし故むかしは大寺なりしとやか」と書かれている。室町時代の阿弥陀如来の石仏と板碑がある。
筑前国続風土記によると「桧原(ひばる)村の内にて橿原(かしわばら)の境にある禅寺なりしとかや今に其跡残れり。広さ78反ばかりあり、本尊観音は朽ちはて、仏体とも見えざる村人草の庵をかまえて入れ置きけり、那珂郡屋形原(現福岡市)に居たる千葉探題(たんだい)帰依の寺なりし故むかしは大寺なりしとかや」と見え、現在寺跡に阿弥陀如来坐像の石仏や梵字を刻んだ供養塔がある。
平成21年1月にユネスコの世界遺産暫定リストに記載された本資産は、4世紀後半から9世紀末にかけて、航海の安全と対外交渉の成就を願って国家的祭祀が行われた「沖ノ島」、その信仰と祭祀が宗像三女神を祀る島伝いの壮大な三宮へと発展を遂げた「宗像大社」、沖ノ島祭祀を奉斎した宗像氏を中心とする海の民の墓域である「津屋崎古墳群(新原・奴山古墳群)」で構成されています。 日本における古代祭祀の変遷過程を示す...
糸島市の西側にあり、標高535mの山頂に立つと青い海原に浮かぶ緑の小島など、玄界灘の雄大な眺望が楽しめる。山頂までのハイキングコースが整備されており、春は山菜採り、秋は紅葉と四季折々の楽しみ方ができる。
篠栗の豊かな緑を満喫できる森林公園。レクリエーションやバードウォッチングのスポットとして利用されています。天気のいい日には、森林浴を楽しむ家族連れの姿も見られます。
青い海原に白い帆を張るヨットは、マリンスポーツでも風格を感じさせる。ここ福岡市立ヨットハーバーには540隻のヨットを収容でき、西日本最大規模を誇る。都心部から約10kmとの近さで、糸島半島を囲む今津湾を一望する自然環境にも恵まれている。毎年、少年少女ヨット教室などを開催し、海を愛する多くの市民に親しまれている。
カヤツリ草科の一種で、多年生草本である。茎は三角形で太く、高さは1~1.5メートルになる。冬は茎は枯れるが、8月未から10月にかけて10~20センチはどの花をつける。マレーシア、インド地方に産するが、わが国ではここのほかに分布地は知られていない。
三郡山の河原谷(ごうらだに)渓谷を90分ほど登れば、標高724mに位置する河原谷の大つらら(通称:難所ヶ滝)にたどり着きます。1月から2月にかけて、岩から染み出た水や雪が融けた水が岩肌をつたいながら凍って氷結し、寒気が強まる時期が続くと高さ20mもの見事な大つららになることもあります。壮大な氷の彫刻を一目見ようと、多くの人が訪れます。寒気が続いた後のなるべく気温の低い午前中がお勧めです。※登...