観光・体験
Sightseeing & Activity
西光寺は浄土真宗本願寺派。文明元年(1469)に天海が創建した。国宝でもある梵鐘は平安時代初期のもので、我が国の紀年銘鐘では4番目の古さとなる。池の間に陽鋳された銘文によれば、承和6年(839)に伯耆国(鳥取県)の金石寺の鐘として鋳造されたとしている。江戸時代に出雲大社などを経て、明治30年(1897)、当寺に納められた。現在、梵鐘は覆屋の中に保存され、毎月1日と15日に見ることができる。
青空をぴょんぴょんと、軽やかに跳躍しているようなウサギの彫刻。現代イギリスを代表する彫刻家が「野兎」をテーマに作ったシリーズ作品の一つです。
「ニジンスキー」は、ロシア・バレエの名手の名からとったもの。野生のウサギが飛び跳ねる一瞬をとらえたこの作品は、エネルギッシュであり、またユーモラスでもあります。作品がある「ふれあい橋」にはこの写真のほかにもう一体ウサギがいるので、お見逃しなく。また、福...
旧早良郡飯盛・吉武・四箇・金武・田村・羽根戸・野方からなる、七ヵ村の惣社飯盛神社の神宮寺真教院の跡地に建つ。鎌倉時代には奈良西大寺の末寺であり、この地方の真言律宗の中心として栄えた。堂内には元弘3年(1333)仏師堪幸作の文殊菩薩騎獅像(市指定文化財)が安置されている。堂内に湧く『智恵の水』には受験へのご利益があるとか。
この寺の開創は古く、養老元年(717年)行基によって開かれた由緒ある寺です。本尊は、行基の作と伝えられる木造11面観音像で秘仏となっており、その他に国の重要文化財に指定されています。春は、7万5千㎡の庭園につつじが咲き乱れ、秋(10月中下旬~11月)には、紅葉の絶好の写真スポットとなり、多くの観光客が訪れます。
また、春と秋の開園期間中には、駐車場で、「きやま門前市」が開かれ、次回は、...
能許(のこ)という地名が文献に初めて出た歌で、荒津から出航した遣新羅使が能許の泊(現在の唐泊) で風待ちをしている時の気持ちが詠まれています。風吹けば 沖つ白波 恐みと 能許の泊まりに あまた夜そ寝る(「万葉集」3673)
三郡山の河原谷(ごうらだに)渓谷を90分ほど登れば、標高724mに位置する河原谷の大つらら(通称:難所ヶ滝)にたどり着きます。1月から2月にかけて、岩から染み出た水や雪が融けた水が岩肌をつたいながら凍って氷結し、寒気が強まる時期が続くと高さ20mもの見事な大つららになることもあります。壮大な氷の彫刻を一目見ようと、多くの人が訪れます。寒気が続いた後のなるべく気温の低い午前中がお勧めです。※登...
江戸時代、能古島は福岡藩の鹿の猟場で最盛期には約600頭もの鹿がいました。鹿垣は鹿が田畑を荒らさないよう東西約2kmにわたって築かれた石垣で、現在も一部が残っています。なお、鹿は昭和20年頃には全滅し、現在では全く見られません。
津屋崎千軒の西に位置する高さ114mの大峰山の山頂周辺の海と山に囲まれた景勝地。
山頂には、日本海海紀念碑があり、街並みや水平線を一望できる。遊歩道やキャンプ場、東郷神社などがある。春は桜が美しい。
空気が澄んでいるときは、沖ノ島が見える。
多々良川河口に架かる名島橋は、1933年にそれまでの板橋を改修してつくられた近代的な橋です。
全長204m、幅24m、7連のアーチからなる橋は当時としては大規模なもので、今でも膨大な交通量を支えています。
作家檀一雄が亡き妻律子を悼んで詠んだ歌「つくづくと櫨(はじ)の葉朱く染みゆけど下照る妹の有りと云はなく」が刻まれています。みやま市にある善光寺の裏山で筑後平野を見下ろしながら死別した妻を想い、詠んだ悲歌とされています。
福津市の水がめである久末ダム周辺を公園として整備したもので、野球場、テニスコート、多目的広場があります。ダム周辺は散策の場として四季折々の自然とふれあうことができます。また、久末ダムは、バードウォッチングが楽しめ、冬場は鴨類などの水鳥も飛来します。
那珂川にかかる住吉の参宮橋は、洪水のたびに流失していた。春吉に住む稲光弥平は橋が流される原因を究明して、安政2年(1855)川の中央に人工島を築き、橋をかけて流出を防いだ。この石碑は、昭和6年にその功績を末永く顕彰するため設置されたものである。
花崗岩製で、高さ4.2mの九重の石塔。鎌倉末期に造られたものと推定。基礎は盤状方石、塔身は高さ・幅ともに50cmの立方体で、四方に如来像を浅い花頭形龕中に浮彫している。鎌倉時代に主君の奸計にかかって箱崎松原で自害したという、悲劇の主人公・米一丸の供養のために建てられたとされる。県指定文化財。