観光・体験
Sightseeing & Activity
平家落人の里として伝説の残る唐原の里。
ここの林道から谷川沿いに小道を登ると見えてくるのが千寿院の滝。
高さ約20mで白い水しぶきとなって流れ落ちる様子は見事。夏場でも涼しく、観光客で賑わう。
旧唐津街道の宿駅、筑前21宿のひとつ。街道筋に残る歴史的な景観だけでも見ものですが、通り沿いには古美術商などユニークなお店も点在しています。街道全体がひとつの芸術と感じられるような町並みです。
昭和48年に箱式石棺が発掘された大型円墳で、国指定の史跡です。副葬品には銅鏡や琴柱形石製品などがみられ、被葬者は高齢の女性で巫女的な存在であった言われています。石室や出土品より5世紀前半と推定されています。
九州を平定した豊臣秀吉が、小早川隆景に命じて、天正16年(1588)から修築し、九州監察の拠点とした。
慶長5年(1600)黒田長政が入城したが、福岡城を築いてからは廃城となった。
また、神社は当初、山上にあったが、隆景が修築のとき、本丸下の現在地に移されたものである。
10月第3土・日の秋季大祭での大名行列は200年の伝統を誇り、豪華な装束を身にまとった行列が続く。広い境内は自然にも恵まれ、県指定の天然記念物トキワガシ・イチイガシの樹木が見事。
天正15年(1587)豊臣秀吉は、九州遠征のとき筥崎宮に20日余り滞在しました。
この間、小寺休夢(こでらきゅうむ:黒田如水の叔父)らと和歌を詠じ、千利休や神屋宗湛(かみやそうたん)らと茶の湯の会を催しました。
その時、秀吉の命によって利休は、この地の松に鎖をおろし、雲龍の小釜をかけ、白砂の上に散り敷いた松葉をかき集めて湯をわかしたといわれています。
青空をぴょんぴょんと、軽やかに跳躍しているようなウサギの彫刻。現代イギリスを代表する彫刻家が「野兎」をテーマに作ったシリーズ作品の一つです。
「ニジンスキー」は、ロシア・バレエの名手の名からとったもの。野生のウサギが飛び跳ねる一瞬をとらえたこの作品は、エネルギッシュであり、またユーモラスでもあります。作品がある「ふれあい橋」にはこの写真のほかにもう一体ウサギがいるので、お見逃しなく。また、福...
大神神社境内と、現在の高見台南公園に分布する3基の円墳群。神社拝殿西横の1号墳は横穴式石室の玄室が残り、公園緑地内にある3号墳は墳丘径20m、内部主体全長7.3mの横穴式石室。現在も形のよい墳丘と石室が残されている。石室からは須恵器と土師器が出土し、この古墳群では一番最初の6世紀末、造られたものと考えられている。
この寺の開創は古く、養老元年(717年)行基によって開かれた由緒ある寺です。本尊は、行基の作と伝えられる木造11面観音像で秘仏となっており、その他に国の重要文化財に指定されています。春は、7万5千㎡の庭園につつじが咲き乱れ、秋(10月中下旬~11月)には、紅葉の絶好の写真スポットとなり、多くの観光客が訪れます。
また、春と秋の開園期間中には、駐車場で、「きやま門前市」が開かれ、次回は、...
也良崎は防人が置かれていたことが分かっている全国唯一の場所。この歌は防人を詠んだ歌の一首で、船出して帰らぬ人となった夫を恋い慕う妻子の悲しみを詠んだものです。沖つ鳥 鴨とふ船の 帰り来ば 也良の防人 早く告げこそ(「万葉集」3866)
ここは、神功(じんぐう)皇后の新羅遠征で功績のあった武内宿彌(たけのうちのすくね)が、香椎在陣中に居住したと伝えられている。宿彌は300歳までも生きたという伝説の人である。
近くの不老水は宿彌の長寿にちなんだもので、以前は香椎宮の綾杉(あやすぎ)の木と共に皇室に献上されていた。不老水は長寿の神秘を物語るように、汲めどもつきぬ水を湧かせている。
聖武天皇の頃(724~749)、筑前国司・佐野近世の娘は継母に無実の罪を着せられ、近世の手によって殺された。これが「濡れ衣」の由来となった出来事である。ここはその娘を供養した塚と伝えられている。高さ165cm、玄武岩製の板碑と呼ばれる中世特有の石造物で、康永3年(1344)に建立。正面の太く刻まれた3つの梵字は上が大日如来、右下が宝幢如来、左下が天鼓雷音如来を表現している。東には国道を隔てて...
姪浜住吉神社祭神は、家内安全・海上安全・交通安全・開運・厄除け・災難除け・安産・商売繁盛のご利益があるとされ、宮司がクイズミリオネアでパーフェクトを達成したことから開運の神社として特に有名です。
住吉神社の起源は、奈良時代の天平十五年(西暦七四三年)九月二十九日の夜半、住吉明神のご出現があり、翌年四月十三日にも異国 船来襲の調伏祈願の折にご出現され、このため一宇の小社を建立し住吉三神をお祭...
江戸初期の貿易家・伊藤小左衛門の子である小四郎と万之助の霊を祀ると伝えられ、子供の息災の神として崇敬されている。小左衛門は朝鮮への武器輸出が発覚し、寛文7年(1667)長崎西坂で処刑され、その家族も連座して処刑された。人々は幼い子供の死を悼み祀ったという。しかしながら、藩主の信任の厚かった伊藤家への配慮か、母子3人は助命されたという言い伝えもある。
道沿いに突如、姿を現すピンクのプードル! 丸みを帯びたフォルムは、まるで大きなバルーンアートのようです。作者の申明銀さんは、犬のシルエットをモチーフにしたカラフルなペインティングや彫刻作品、犬のおもちゃを連れての散歩パフォーマンス、犬のぬいぐるみを使って世界各都市の旅写真を撮る作品など、一貫して「犬」をテーマにした作品を発表する韓国出身の現代美術家です。表情はなく、つるんとした無機質な表面で...