観光・体験
Sightseeing & Activity
篠栗の豊かな緑を満喫できる森林公園。レクリエーションやバードウォッチングのスポットとして利用されています。天気のいい日には、森林浴を楽しむ家族連れの姿も見られます。
墳長85m、高さ8mの前方後円墳。高祖山から北にのびる丘陵端にある。墳丘斜面には葺石があり、墳頂部と段テラスの三段に円筒埴輪がめぐっていて、石室内からは鏡や匂玉、鉄刀などの副葬品が出土した。5世紀前半の築造で、今宿平野のみならず糸島平野全体を掌握した首長の墓と考えられている。国指定史跡。
7基からなる古墳群。太平寺緑地保全地区内にあり、4基の円墳の墳丘が確認できるが、古墳自体は未調査のまま。貝原益軒の『筑前国続風土記』には、「桧原村の内にて柏原の境にある禅寺なりしとやか今に其跡残れり。那珂郡屋形原に居たる千葉探題の帰依の寺なりし故むかしは大寺なりしとやか」と書かれている。室町時代の阿弥陀如来の石仏と板碑がある。
伝説の千鳥ケ池と一体になって整備された総面積9.8haの自然とスポーツの公園。フィールドアスレチック、野球場、テニスコート、多目的広場などを有し、池には県天然記念物のツクシオオカヤツリグサが群生している。
立花山のふもとにあり、立花城主立花道雪とその母の墓がある。もとは花谷山神宮寺と称したが、母の法名と道雪の姓から立花山梅岳寺養老院と改称。境内全域が県の史跡で、県指定文化財の本堂のほか多数の木像がある。
交通の便が良く、町の中心に位置する文化施設として、生涯学習の“場”を開き『ゆとりある生活空間都市かすや』を創造し、必要な資料や情報を提供することを目的としています。歴史資料館には、復元作業室の公開や、地域の考古遺物や民族資料の紹介をおこなっています。
平安時代後期恵心僧都の作といわれ、上品下生の座像。
木造漆箱で高さ約108cm、螺髪は小粒で整然とし、静かに目を伏せた相貌は円満で豊かな頬と相まって阿弥陀如来の慈悲をよく表している。
昭和25年国指定重要文化財。
宮崎安貞(1623~1897)は、安芸(広島県)藩士・宮崎儀右衛門の二男。25歳の時、二代藩主・黒田忠之に山林奉行として仕えたが、まもなく辞職した。諸国を巡歴して農業技術を学んだ後、筑前国女原村に住み、農業の実践・研究・指導に専念。宮崎開などの新田開発も指導しながら、元禄9年(1696)に日本初の体系的な農業技術書『農業全書』を完成させた。墓の近くには執筆当時の書斎も保存されている。県指定史跡。
《Poodle》の後ろの階段を登ると細長い広場になっていて、その中央に、周辺のビルの景色に溶け込むように、スクエア型のモニュメントが設置されています。
フランス、パリ出身の芸術家によるこの作品は、半透明で光を通す様子が美しくあるのですが、できることなら、夕刻に訪れてみてください。夜間には内側から光がともされ、幻想的な光景が生み出されています。
玄界灘に浮かぶ周囲3.8kmの姫島は、明治維新の歴史を陰で支えた尼僧、野村望東尼の流刑地として知られている。
その時の獄舎を復元し御堂として祭り、側には波乱の生涯を偲ぶ顕彰碑も建っている。
江戸時代、異国船監視の遠見番所が置かれ、海上交通の要所になっていた鎮山は、遊歩道も整備され、登山を楽しむことができる。
臨済宗大徳寺派の寺で、山号は龍起山。大覚禅師(蘭渓道隆)と鎌倉幕府五代執権・北条時頼を壇越として、建長元年(1249)に創建。延文5年(1360)には朝廷の勅願寺となり、これに関する文書が他の21点の中世文書とともに残されている。曲彖(椅子)に座った禅師が描かれている『絹本着色大覚禅師像』は、縦112.8cm、横59.69cmで、国の重要文化財に指定されている。
糸島市の西側にあり、標高535mの山頂に立つと青い海原に浮かぶ緑の小島など、玄界灘の雄大な眺望が楽しめる。山頂までのハイキングコースが整備されており、春は山菜採り、秋は紅葉と四季折々の楽しみ方ができる。