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櫛田神社
博多の総鎮守として、「お櫛田さん」の愛称で広く市民から親しまれている神社。 祭神は大幡主命(櫛田宮)・天照皇大神(大神宮)・素盞嗚尊(園宮)。社伝によれば天平宝字元年(757)、孝謙天皇の御代に伊勢松坂の櫛田神社を勧進して創建したとされています。天正15年(1587年)の豊臣秀吉が博多復興にあたり、社殿の建立寄進がなされました。 当社に奉納される博多園山笠は、博多の夏の風物詩として全...
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水鏡天満宮
九州最大の繁華街「天神」の地名は、天神様を祀るこの神社に由来。 建ち並ぶオフィスビルの谷間にひっそりと建つ水鏡天満宮は、天神様こと学問の神様・菅原道真を祀っている。大宰府に左遷された菅原道真が、憔悴した自分の姿を川面に映したことからこの名がついたと言われている。当初は今泉にあったものを、江戸時代初期に初代福岡藩主・黒田長政が、福岡城の鬼門にあたる現在地に東の鎮守として移した。
五重塔
東長寺
真言宗九州教団の本山で、山号は南岳山。本尊は弘法大師(空海)。 寺伝では大同元年(806)、唐から帰国した弘法大師が、密教東漸を祈ったと伝えられている。 弘法大師創建の寺としては日本最古で、当初は海辺の地にありましたが、福岡藩二代藩主・黒田忠之によって現在地へと移り、黒田家により300石の寺領と山林15万坪の寄進がなされた。墓地には二代・忠之、三代・光之、八代・治高の墓があり、現在は市指...
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宗像大社 神宝館(むなかたたいしゃ しんぽうかん)
日本の古代史をひもとく上での貴重な資料が数多く収蔵されている宗像大社神宝館。 沖ノ島祭祀神宝・宗像大社文書・一 筆一切経など、所蔵品のほとんどは国宝・重要文化財(約12万点)に指定されています。
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新原・奴山古墳群(しんばる・ぬやまこふんぐん)
日本の世界遺産国内推薦となった国道495号線を挟んだ5~6世紀の古墳群。 宗像君(むなかたのきみ)一族の墓と考えられ、学術的にも重要なもの。 前方後円墳5基を含む41基が畑の中に分布しており、比較的見学しやすい。 調査された古墳からは、鉄のよろいや鉄を作る道具、飾りがつけられた土器などの史料が出土した。
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鎮国寺(ちんこくじ)
弘法大師が中国から帰朝して開基したと伝えられる古刹。もとは宗像大社の神宮寺であった。6万6000平方メートルに及ぶ寺域には古木が茂り、春は桜の名所としても知られる。弘法大師作と伝えられる不動明王立像などがある。
内部
海の道むなかた館
宗像の歴史の流れをたどる常設展示室をはじめ、年に数回の特別展示などを行っています。3Dメガネを着けて世界遺産登録の中心遺跡「沖ノ島」の神秘的な世界を音と映像でリアルな体験をすることもできます。 館内には図書館や休憩スペースもあり、特産品購入や軽食をとることもできます。 総合インフォメーションではレンタサイクルの受付もあります。
下之橋御門と(伝)潮見櫓
福岡城跡
初代福岡藩主・黒田長政が、慶長6年(1601)から7年がかりで築城。平山城で、大中小の各天守台と約50の櫓があった。現在は多聞櫓(国の重要文化財)、(伝)潮見櫓、下之橋御門、祈念櫓などが保存され、大天守台は展望台になっている。堀には県指定天然記念物のツクシオオガヤツリが自生し、城内には万葉歌碑もある。国指定の史跡で、別名「舞鶴城」とも呼ばれている。
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福岡城・鴻臚館 案内処「三の丸スクエア」
古代の迎賓館であった鴻臚館と、福岡の地名の由来となった福岡城は、時を越えて同じ場所に建てられた、歴史上重要な施設です。この2つの施設を知ることは、福岡の歴史を紐解くだけでなく、これからの未来への扉を開く一歩となるでしょう。 三の丸スクエアは、時の重なりを地層で表現した内観に、鴻臚館、福岡城の歴史をハイライトで紹介しています。また、「セントラルパーク構想」を中心に、未来の姿についても知ること...
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舞鶴公園
福岡市の中心・天神からも徒歩約15分と近く、福岡城址をシンボルにした公園。四季折々の自然が満喫できる桜の名所としても有名な美しい公園だ。園内には陸上競技場などのスポーツ施設が整備され、大濠公園や福岡市美術館などが隣接している。 春には多くの花見客で賑わい、一年を通して、美術館帰りの人々が憩うなど、一帯は文化の薫り高いやすらぎの場として多くの市民に愛されている。
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注連懸稲荷神社
注連懸稲荷神社は博多総鎮守・櫛田神社の裏にひっそりと佇んでいる,連なった鳥居と狛狐が印象的な神社です。 注連懸稲荷神社は別名「あしどめ稲荷」と呼ばれており,その由来については,諸説あるようですが,その一つに,お店の前で「足を止めてもらえる様(商売繁盛)に」というものがあります。
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承天寺
臨済宗東福寺派で、山号は萬松山。開山は聖一国師(円爾弁円)によるもの。 仁治3年(1242)宋出身の貿易商・謝国明が創建し、寺蔵の釈迦三尊像(鎌倉時代)、禅家六祖像(鎌倉時代)、銅鐘(高麗時代)は国の重要文化財に指定されています。 昭和50年(1975)、韓国の新安沖海底引揚げの沈没船から承天寺の塔頭のひとつである釣寂庵の銘のある木簡が発見され、中世における承天寺の対外貿易への関与が証明...
外観
鴻臚館跡展示館
◎鴻臚館跡展示館(福岡市中央区城内1)の改修工事等のため,下記のとおり一時休館します。ご理解を賜りますようよろしくお願いいたします。 【休館期間】令和3年2月14日(日曜日)から令和3年3月5日(金曜日)まで 【問合せ先】文化財活用課 092 ‐ 711 - 4666 「鴻臚館」とは、飛鳥、奈良、平安時代に築かれた外交のための迎賓館。平安京(京都)、難波(大阪)、そして筑紫(福岡)の3...
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安国寺
慶長5年(1600)、豊前から筑前の国主となった黒田長政が、天翁全補禅師(てんおうぜんぽぜんし)のために、豊前の安国寺を移したものである。寛永12年(1635)火災で焼失したが、2代藩主忠之の援助で再興された。境内には筑前の刀工信国一家、伝説「飴買い幽霊」の墓がある。 平成2年には、境内を拡張し、平成5年には、高さ18、5mの山門を建設。山門の仁王像は、高さ4、2mで、西日本屈指のもの。平成...
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博多千年門
博多千年門は、博多を訪れた観光客を歴史的文化財が多く残る寺社町エリアへと導くウエルカムゲートです。博多の繁栄を願う地域住民、地元企業、行政が一体となって建設に取り組み、平成26年3月に完成しました。名称は公募で決定。博多のこれまでの千年の重みとこれからの千年の繁栄を願ったものとなっています。 歴史的文献によれば、博多から大宰府政庁へ延びる官道には、江戸時代に「辻堂口門(つじのどうぐ...
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亀山上皇銅像
この銅像は、十三世紀後半の元寇の際に亀山上皇が「我が身をもって国難に代わらん」と伊勢神宮などに敵国降伏を折願された故事を記念して、福岡県警務部長(現在の警察署長)だった湯地丈雄等の十七年有余の尽力により、明治三十七年、元寇ゆかりのこの地に建立された。 衣冠束帯の直立像の高さはおよそ4.8メートルある。原型の制作者は、当時高村光雲下で活躍していた福岡出身で博多櫛田前町生まれの彫刻家山崎、朝雲...
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愛宕神社(あたごじんじゃ)
福岡最古の歴史を持ち、日本三大愛宕のひとつ。室見川河口西側の丘陵上にあり、古くは天忍穂耳尊と伊弉諾尊の2神を祀る鷲尾神社であった。後に火産霊神と伊弉冉尊の2神を祀り、明治34年(1901)からは愛宕神社として4神が祀られている。厄除け・開運・学業・家内安全・商売繁盛・縁結び・鎮火だけでなく、禁酒・禁煙などにも霊験があるとされ、県内外からの参拝者が多く訪れる。初日の出や桜の名所としても有名だ。...
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住吉神社
祭神は底筒男神・中筒男神・表筒男神の住吉三神。式内社。筑前国一宮。昔の地形は博多湾に臨む那珂川河口の岬だった。全国に約2000社ある住吉神社の始源と考えられ、開運除災・航海安全・船舶守護の神として崇拝されてきた。和歌神としても崇敬され、連歌師の宗も訪れている。直線的な屋根などに、仏教建築と対照的な古来の神社建築の名残をとどめている。本殿は国指定重要文化財で、神社が所蔵する同剣や銅戈十一口は...

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