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今宿元寇防塁
今宿元寇防塁
元寇防塁のうち、長垂山から今山にかけての砂丘上には、豊前国が分担して防塁を築いた。現在は長垂海水浴場前と今山のふもとに国指定地がある。古文書には、築城郡吉富村を本拠とした成富氏が、乾元2(1303)年この地区の防塁の修理を完了したという報告があり、弘安の役(1281年)以後も防塁の修理が行われ、蒙古に対する警備体制が続いていたことを示している。
公園内
白水大池公園
筑前三大池のひとつに数えられる白水池を中心に、周辺に残る自然松林を活かしてつくられた公園。約33haの敷地には噴水や多目的広場、展望塔、遊歩道などが整備され、子供から大人までが楽しめる総合公園となっている。
西部運動公園
西部運動公園
野球場やテニスコート、多目的球技場が揃う公園。ランニングコースもあり、田園風景を眺めながら爽快に走ることができる。また、ドッグランやワンちゃん用の水飲み場なども完備しているので、ペット連れで訪れている人も多い。
怡土城跡の石碑
怡土城跡(いとじょうあと)
福岡市との境にそびえる高祖山にある大規模な山城跡。天平勝宝8年(756)に造られ、礎石や高さ4~5mにおよぶ土塁を残している。城跡全体が国の史跡となっている。築城の際に鎮守神として祭られた高祖神社があり、春と秋の年2回、県の無形民俗文化財に指定される高祖神楽が奉納されている。
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曲渕水源地
大正5年の起工以来7カ年の歳月をかけて完成した福岡市で最初の上水道ダムである。堰堤(えんてい)の高さ45メートル、長さ161メートル、上部の幅4・0メートルの規模で、260万8千トンの貯水が可能な重力式ダムである。当初は12万人へ給水をしていたが、市勢の発展と共にダムも拡張工事が行われ、現在の大きさになった。
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妙典寺
永徳元年(1381)、本成院日円上人が柳川に建立。立花宗茂の家臣であった薦野(こもの)増時が当地に移転させ、立花家の菩提寺とした。慶長8年(1603)4月25日、京都妙覚寺の僧であった日忠は、当地においてキリスト教の布教に努めていたイルマン(宣教師)の旧沢らと宗論を行なった。これが「石城問答」で、宗論に勝った日忠は初代福岡藩主・黒田長政から教会の地を与えられ、正興山勝立寺(中央区天神4丁目)...
綱敷天満宮
綱敷天満宮(つなしきてんまんぐう)
祭神は菅原道真。道真が袖の湊に上陸した際、漁人が舟の綱を輪にして敷物を作って出迎えたという伝説によるもので、江戸時代には綱輪天神と呼ばれていた。次第に綱場と呼ばれるようになり、現在も町名として残っている。
志免総合スポーツ公園
志免総合公園
緑の中のふれあいの場として整備され、遊歩道、展望台、チビッコ広場、芝生広場などもあり、家族そろって楽しめる総合公園です。
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福間漁港海浜公園
福間漁港の一部を公園化し、釣り、レクリエーション、散策が楽しめる場として整備した。入園無料。公園から眺める夕日は、すばらしく訪れる人を魅了する。
浄満寺
浄満寺(亀井南冥・昭陽の墓)(じょうまんじ/かめいなんい・しょうようのはか)
寛保3年(1743)、医家の子として生まれた亀井南冥は、上方に遊学し、医学を山脇東洋の高弟・永富嘯庵に学んで帰国。21歳で朝鮮通信使と詩文の応接をなし、世間の人々を驚かせた。天明4年(1784)、藩校甘棠館の創設に伴い館長に迎えられて多く人材を育成し、志賀島から金印が出土したこの年に、『金印弁』を著してその保護に尽力した。その学統は子・昭陽に継がれた。浄満寺境内には一門の墓があり、県指定の史...
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西南学院大学遺跡元寇防塁
校舎の新築にともなう調査で新たに確認された防塁を移築,復元したものです。
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能許万葉歌碑(のこまんようかひ)
能許(のこ)という地名が文献に初めて出た歌で、荒津から出航した遣新羅使が能許の泊(現在の唐泊) で風待ちをしている時の気持ちが詠まれています。風吹けば 沖つ白波 恐みと 能許の泊まりに あまた夜そ寝る(「万葉集」3673)
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相島積石塚群(あいのしまつみいしづかぐん)
相島の北東、長井浜に古墳時代中期から後期にかけての古墳「積石塚」があります。一般には土を盛って造るのに対し、積石塚は石を積んだ古墳で、254基の墳墓が見つかっています。【国指定史跡】
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あんずの里運動公園
万葉集に歌われた名児山に連なる丘陵地帯の一角を占める公園。園内には約4000本のあんずが植えられており、3月中旬に淡いピンクの花を咲かせる。その中に野球場や多目的グラウンド、アスレチックを備えた冒険広場などがある。眺望も素晴らしい。
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宗像大社 中津宮(むなかたたいしゃ なかつのみや)
宗像大社田島にある辺津宮、大島の中津宮、大島の北西にある沖ノ島の沖津宮、この3宮の総称を宗像大社という。毎年10月1日には「みあれ祭」が行われる。
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みあけ史跡公園
日本書紀に書かれた「糟屋屯倉(かすやのみやけ)」の有力な候補地といわれている鹿部田淵遺跡(県指定史跡)を保存し整備した歴史公園。「歴史に学ぶ緑の丘」をテーマとした園内は、道路を挟み南北二箇所に分かれ、発掘時の地形と同じ緩やかな勾配をもつ芝生敷きの広場に建物を立体的に復元しています。
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福岡城 表御門跡
1918年(大正7年)に黒田家の菩提寺である崇福寺に移築され、現在も同寺の山門として使用されている。
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鹿垣(ししがき)
江戸時代、能古島は福岡藩の鹿の猟場で最盛期には約600頭もの鹿がいました。鹿垣は鹿が田畑を荒らさないよう東西約2kmにわたって築かれた石垣で、現在も一部が残っています。なお、鹿は昭和20年頃には全滅し、現在では全く見られません。

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