観光・体験
Sightseeing & Activity
多々良川の支流、鳴淵川筋一帯をいい、両岸には奇岩がそそり立ち、その間を清流が流れる景勝地。夏はカジカ、秋は紅葉と季節ごとに楽しめる絶好のハイキングコース。中でも五塔の滝は見所のひとつ。
藍の家は、千軒民俗館として、案内やイベントを行っている。
防火のための壁「うだつ」が上方だけにある「そでうだつ」には、建築主「上妻善兵衛」の「上」「善」の字が刻まれている。
柱は虫害に遭わないように海水につける処理が行われた「塩木」である。
明治34年(1901年)に建築。
平成6年に当時の津屋崎町に寄贈。
平成19年に国の登録有形文化財に登録。
平成27年放送のNHK地域ドラマ「ここにある...
天正15年(1587)豊臣秀吉は、九州遠征のとき筥崎宮に20日余り滞在しました。
この間、小寺休夢(こでらきゅうむ:黒田如水の叔父)らと和歌を詠じ、千利休や神屋宗湛(かみやそうたん)らと茶の湯の会を催しました。
その時、秀吉の命によって利休は、この地の松に鎖をおろし、雲龍の小釜をかけ、白砂の上に散り敷いた松葉をかき集めて湯をわかしたといわれています。
能古島の北端の海岸にあり、海水浴も楽しめるキャンプ村。キャンプ用品や調理道具などのレンタル道具が一式揃っているので、手ぶらでもバーベキューやアウトドアが楽しめる。宿泊者には、バナナボート(1回)無料サービスなどもあり。
《ナイトシーン》を西側に進むと、今度は、紺碧の円盤のモニュメントが出現します。作者は韓国、ソウル出身の崔在銀さん。1972年の来日をきっかけに生け花に魅せられ、草月流の三代目家元・勅使河原宏氏に師事し、生け花の器に花を生けるという表層を超えた空間概念や宇宙観を学んだといいます。
写真のように見る角度によって、円盤が3つに見えたり2つに見えたりしますが、実は作品を構成するのは4つの円盤。空間の...
近年の発掘調査で新たに発見された防塁で,博多の元寇防塁と推定されています。展示室があり,見学することができます。
※問合先:福岡市経済観光文化局文化財活用課 092-711-4666
玄界灘に浮かぶ周囲3.8kmの姫島は、明治維新の歴史を陰で支えた尼僧、野村望東尼の流刑地として知られている。
その時の獄舎を復元し御堂として祭り、側には波乱の生涯を偲ぶ顕彰碑も建っている。
江戸時代、異国船監視の遠見番所が置かれ、海上交通の要所になっていた鎮山は、遊歩道も整備され、登山を楽しむことができる。
筵内の大通り(県道)から少し入ると、まるでタイムスリップしたようななつかしさを覚えるのが熊野神社。 243段の石段は、古賀市最長で、登っただけでも息が切れそうです。 拝殿内に掲げられている数多くの絵馬の中でも、抜け出して暴れ回らないように手綱を書き加えられたと伝えられる繋馬図(黒馬の大絵馬)や神殿の龍の 彫刻など貴重な文化財が残されています。
黒川紀章や出江寛、スタンリー・タイガーマンなど、世界の7人の建築家による、集合住宅や商業施設を中心とした開発エリア。シーサイドももちヴェルデコート、ネクサス百道M棟、ネクサス百道S棟、シーサイドももちアルティコートA館、シーサイドももちアルティコートB館から成り、それぞれの個性が不思議に調和した美しい街並みを構築している。
福岡平野東南部、月隈丘陵から延びる丘の上に築かれた円墳。大きさは直径34m、高さ9m。内部主体は複室の横穴式石室で、全長11.2mを誇る。大きな花崗岩を組み合わせて造られた石室は、福岡平野で最大級の規模だ。墳丘・石室の規模から御笠川中流域の有力豪族を被葬者とし、6世紀末〜7世紀初頭に築造された古墳と考えられている。石室の保存状態は良好。中に入って見学できる。
江戸初期の貿易家・伊藤小左衛門の子である小四郎と万之助の霊を祀ると伝えられ、子供の息災の神として崇敬されている。小左衛門は朝鮮への武器輸出が発覚し、寛文7年(1667)長崎西坂で処刑され、その家族も連座して処刑された。人々は幼い子供の死を悼み祀ったという。しかしながら、藩主の信任の厚かった伊藤家への配慮か、母子3人は助命されたという言い伝えもある。
祭神は菅原道真。道真が袖の湊に上陸した際、漁人が舟の綱を輪にして敷物を作って出迎えたという伝説によるもので、江戸時代には綱輪天神と呼ばれていた。次第に綱場と呼ばれるようになり、現在も町名として残っている。
伝説の千鳥ケ池と一体になって整備された総面積9.8haの自然とスポーツの公園。フィールドアスレチック、野球場、テニスコート、多目的広場などを有し、池には県天然記念物のツクシオオカヤツリグサが群生している。