観光・体験
Sightseeing & Activity
若杉山の隣にある米ノ山は、ハングライダーとパラグライダーの拠点として人気のあるスポット。山頂にはグライダーの発進基地があり、週末には若者たちでいっぱいになる。展望台や遊歩道などの整備も行われている。
承和(じょうわ)年間(833~850)に天台宗慈覚大師円仁(てんだいしゅうじかくだいしえんにん)が開いたと伝えられている。
豊臣秀吉は九州征伐の際当社に詣で、小早川隆景(こばやかわたかかげ)に命じて、九州の守護として名島城を築かせた。その折、隆景は堂を修築して城の鎮守とし、その後、歴代藩主の崇敬を受けた。
明治維新の神仏分離で、弁天社は名島神社となり、弁天社はこの地に祭られるようになった...
玄界灘に浮かぶ周囲3.8kmの姫島は、明治維新の歴史を陰で支えた尼僧、野村望東尼の流刑地として知られている。
その時の獄舎を復元し御堂として祭り、側には波乱の生涯を偲ぶ顕彰碑も建っている。
江戸時代、異国船監視の遠見番所が置かれ、海上交通の要所になっていた鎮山は、遊歩道も整備され、登山を楽しむことができる。
大神神社境内と、現在の高見台南公園に分布する3基の円墳群。神社拝殿西横の1号墳は横穴式石室の玄室が残り、公園緑地内にある3号墳は墳丘径20m、内部主体全長7.3mの横穴式石室。現在も形のよい墳丘と石室が残されている。石室からは須恵器と土師器が出土し、この古墳群では一番最初の6世紀末、造られたものと考えられている。
日本書記によると武内宿禰(たけうちすくね)の身替りとなって無実の罪に服して死んだ壱岐直真根子(いきのあたいまねこ)の忠魂を祭った社である。伝説では生の松原の地名は、神功皇后が松の枝を逆にさして戦勝を占ったとき、その枝が生きて栄えたことから付けられたとされている。後年その松は函松(はこまつ)といっていたが、今は枯れてしまってその一部を御神前に奉納され崇敬のまととなっている。
旧志免鉱業所竪坑櫓は、かつて炭鉱として志免町が栄えてきた証であり、炭鉱閉山後、現在に至るまで志免町のランドマークとなっています。この竪坑櫓は近代の鉄筋コンクリート構造物の中で、わが国有数の高さを誇り、建設技術史上価値が高いことから、平成21年12月8日に国の重要文化財(建造物)に指定されました。鉄筋コンクリート製、47.6mの高さがあり、昭和18年に第四海軍燃料廠により建造されました。
弘法大師が中国から帰朝して開基したと伝えられる古刹。もとは宗像大社の神宮寺であった。6万6000平方メートルに及ぶ寺域には古木が茂り、春は桜の名所としても知られる。弘法大師作と伝えられる不動明王立像などがある。
糸島半島観光の記念に 映える写真を撮りまくろう♪
「#ジハングン」「SUNSET」「PALM BEACH」「夫婦岩」など、糸島半島の東側エリアは有名なインスタスポットがたくさんなのです♪
浄土真宗西本願寺派で、山号は地福山。ここの庭園は西南側の書院の前面に広がっている。書院の前を流れる自然の小川(金屑川)を利用して、起伏の豊かな白砂の築山を作っている。大小の配石や竹林、広葉樹との調和が美しい市指定の文化財。築庭の年代は定かでないが、その作風から見て江戸時代以前ものと推定される。