観光・体験
Sightseeing & Activity
津屋崎から福間海岸の約三kmに及ぶ海岸は風、波ともに良好とされ、年間通じてマリンスポーツが楽しめるエリアとして人気。周辺には飲食店やリゾートマンションなども立ち並び、時に「西日本の湘南」といわれることも。
臨済宗大徳寺派の禅寺で、山号は海晏山。文応元年(1260)鎭西探題・北条時定が開創。宋より帰国した南浦紹明(大応国師)が、文永7年(1270)に招かれて開山した。その後、太宰府横岳崇福寺・京都万寿寺・鎌倉建長寺の住持となり高僧を輩出。その法脈を大応派と称した。寺蔵の絹本著色大応国師像は、師資相承の証しとして弟子に与えられたもので、国指定の重要文化財である。
千利休が豊臣秀吉を招いて茶会を開いたという寺院。筥崎宮の社坊である座主坊の末寺で、福岡藩二代藩主・黒田忠之の開基により寛永年間(1624~1644)に建立された。明治初期の廃仏毀釈の際、法院賢秀が筥崎宮や社坊の仏教関係の遺品を恵光院に移して守った。これらの遺品の内、木造釈迦如来坐像(市指定文化財)は高さ94.2cmで、鎌倉時代に中央の仏師により制作されたもの。元箱崎村原田の瑞応寺という禅寺の...
四王寺県民の森は、自然公園となっており、春の花、初夏の新緑、秋の紅葉や野鳥など、森の四季を感じながら森林浴を楽しむことができ、森林について学べる「展示館」や「子供の国広場」、「焼米ヶ原広場」などあり、家族連れで楽しめる憩いの場もあります。
また、特別史跡大野城跡などの史跡にも恵まれており、歴史のロマンを感じながら散策を楽しむ事ができます。
弥生時代後期から古墳時代にかけての集落跡。国指定史跡。弥生時代には大小2つの環濠集落が営まれ、古墳時代に300基以上の住居が造られたとされている。墓地は住居から離れ、箱式石棺墓や木棺墓が1ヶ所にまとまっているのも特徴。石棺墓の中から中国製の鏡(獣帯鏡・内行花文鏡)、玉、太刀、管玉、ガラス玉などが出土した。住居展示館や復元住居などが整備され、当時の生活を知ることができる。
※2019年5月1...
慶長(けいちょう)8年(1603)、京都妙覚(みょうかく)寺の唯心院日忠(ゆいしんいんにっちゅう)は、布教のため博多に来て、妙典寺(市内博多区)でキリスト教神父と宗教問答を行い、勝った。
初代藩主黒田長政は、日忠にキリスト教の土地を与え寺を建てさせて、問答勝利にちなみ勝立寺と名付けさせた。
文永10年(1273年)に菅原家出身の鉄牛円心和尚が創建した禅寺。「仏光石庭」(前庭)、「一滴海手庭」(後庭)と名付けられた枯山水の庭は、一見の価値あり。初夏の新緑、秋の紅葉は特に美しい。
東を除く三方を海に囲まれた戦国時代の平山城。東西840m、南北280~400mの規模で、北に本丸、南に二の丸、三の丸を配し、海水を引き込んだ堀割と空堀で周囲を防御していた。天文年間(1532~1555)に立花城主・立花鑑載が支城として築造したとされ、天正15年(1587)に小早川隆景が大改修を行なった。初代福岡藩主・黒田長政も初めはここを居城としたが、城下町の発展に不便な土地であることから、...
ビールの原料や、ビールの製造工程を分かりやすく説明する開かれたビール工場。
家族やグループで楽しく工場見学ができる。
見学の後は、おいしいビールやソフトドリンクを無料でお楽しみいただけます!
併設レストラン「キリンビアファーム」では、オリジナルのビールやビールに合う様々なグルメが楽しめるほか、ショップには、キリンビールのオリジナルグッズやおつまみにぴったりのアイテムたくさん。
また、...
文永11(1274)年10月、高麗軍を主力とする元軍は今津から百道原に上陸し、祖原、鳥飼、赤坂の一帯は戦闘の場となった。少弐景資、肥後の菊池次郎武房、竹崎五郎季長らがこれを迎え討ち、勝敗が決しないまま元軍は船に引き上げた(文永の役)。この時の激戦の場のひとつとなったのが祖原山(標高33m)。360度の眺望がきく山頂の北側下に記念碑が建っている。
福津市南東部にある飯盛山は標高157mながら急峻な山で、戦国時代は宗像氏の出城があった。
この飯盛山を散策する登山道が整備され、頂上には憩いの場として展望広場が設置されている。眼下に福津市内を見渡せる。
駐車場からは10分ちょっとで山頂まで行ける。