観光・体験
Sightseeing & Activity
若杉山の隣にある米ノ山は、ハングライダーとパラグライダーの拠点として人気のあるスポット。山頂にはグライダーの発進基地があり、週末には若者たちでいっぱいになる。展望台や遊歩道などの整備も行われている。
百間石垣(国指定特別史跡)は、全長約180mの大野城跡最大の石垣です。内部まで石を積めた「総石垣」構造となっています。石垣の一部では隙間があり、そこから水が流れていることから、これも水門の一部と考えられています。
曹洞宗補陀山興宗寺の境内、右側丘陵の半腹に南向きに位置している円墳。墳丘の推定直径は約20mで、石室は複室構造の横穴式。古墳時代後期のものとされている。石室内の奥の間の正面には阿弥陀、左右には観音、勢至両菩薩が彫られている。作者・製作時期は不明だが、その形態から穴観音と呼ばれて信仰されている。
弘法大師が中国から帰朝して開基したと伝えられる古刹。もとは宗像大社の神宮寺であった。6万6000平方メートルに及ぶ寺域には古木が茂り、春は桜の名所としても知られる。弘法大師作と伝えられる不動明王立像などがある。
5世紀後半に造られたとされる、墳長27mの小型の横穴式前方後円墳。墳丘は二段築成で、須恵器、土師器などのほかに鉄斧、鉄刀子、鞍金具、ガラス製管玉などが出土した。昭和63年に発掘調査が行われたのち、埋め戻され、現在は公園となって、子どもたちの遊び場となっている。入口には説明板が設置されている。
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大乗寺は法皇山宝珠院と号して、昔は奈良西大寺の末寺で律宗に属し、亀山上皇の勅願寺でありましたが、のち浄土宗に転じ、更に真言宗に改宗、大正9年(1920)長宮寺と合併して、中央区大手門一丁目に移り戦災で焼失しました。 この寺跡に亀山上皇が元寇の際、西大寺の叡尊(えいそん)に命じて、博多において敵国降伏の祈願を行わせた勅願石や、県指定文化財の地蔵菩薩板碑、蒙古碇石があります。
承和(じょうわ)年間(833~850)に天台宗慈覚大師円仁(てんだいしゅうじかくだいしえんにん)が開いたと伝えられている。
豊臣秀吉は九州征伐の際当社に詣で、小早川隆景(こばやかわたかかげ)に命じて、九州の守護として名島城を築かせた。その折、隆景は堂を修築して城の鎮守とし、その後、歴代藩主の崇敬を受けた。
明治維新の神仏分離で、弁天社は名島神社となり、弁天社はこの地に祭られるようになった...
秋は黄色に染まるイチョウが美しく、公園内には昭和天皇即位の折の大甞祭でお米を献上した主基斎田跡の記念碑がひっそりと佇んでいます。そのそばには「栄西禅師茶徳碑」があり、一説にはここが日本のお茶発祥の地とも言われています。
カヤツリ草科の一種で、多年生草本である。茎は三角形で太く、高さは1~1.5メートルになる。冬は茎は枯れるが、8月未から10月にかけて10~20センチはどの花をつける。マレーシア、インド地方に産するが、わが国ではここのほかに分布地は知られていない。
日本の世界遺産国内推薦となった国道495号線を挟んだ5~6世紀の古墳群。
宗像君(むなかたのきみ)一族の墓と考えられ、学術的にも重要なもの。
前方後円墳5基を含む41基が畑の中に分布しており、比較的見学しやすい。
調査された古墳からは、鉄のよろいや鉄を作る道具、飾りがつけられた土器などの史料が出土した。
近年の発掘調査で新たに発見された防塁で,博多の元寇防塁と推定されています。展示室があり,見学することができます。
※問合先:福岡市経済観光文化局文化財活用課 092-711-4666
宇美町の観光資源である三郡山は、福岡平野と筑豊盆地の間に位置する標高936m、宇美町で一番高い山です。春の山野草、秋の紅葉、冬の河原谷の大つらら(通称:難所ヶ滝)など四季折々の魅力を楽しめます。三郡山の麓にある「一本松公園(昭和の森)」から約150分で登頂できます。
福津市の水がめである久末ダム周辺を公園として整備したもので、野球場、テニスコート、多目的広場があります。ダム周辺は散策の場として四季折々の自然とふれあうことができます。また、久末ダムは、バードウォッチングが楽しめ、冬場は鴨類などの水鳥も飛来します。