観光・体験
Sightseeing & Activity
吉武高木(よしたけたかぎ)遺跡は、西に飯盛山、東に室見川を望む地に営まれた弥生時代の大規模な遺跡です。
弥生時代中期(約2,200年前~2,000年前)の「国」(地域的なまとまり)の成立と展開を知る上で特に重要な遺跡として、 平成5(1993)年に国史跡に指定されました。
「やよいの風公園」は歴史公園として、2017年4月にオープンしました。
2.7ヘクタールの敷地に当...
博多リバレインの川沿いを歩いていくと、これまたカラフルでド派手な柱が目に飛び込んできます。何本もの柱が組み合わさり、近づいてよく見ると色によって柱のデザインが異なっています。なんでも、世界の様々な地域に古くから伝わる「コリント」「ビサンチン」「ドーリア」「和式」という4つの様式なのだとか。西洋と東洋の柱を幾重にも重ねて表現することで、様々な国と交流してきた博多を表しているそうです。
作者はユ...
弘安4(1281)年の元寇の際、高野山の僧侶一行が護摩を焚き、博多湾に侵攻した蒙古軍の降伏を祈祷したといわれている場所。蒙古軍が退散し、一行が帰るとき、不動明王の火焔形をこの地にとどめたため、火焔塚と呼ばれるようになったと伝えられている。潮見公園から志賀海神社に下る途中にある。
この滝は、金山(かなやま)登山道の入口にあたり、不動(ふどう)滝とも通天(つうてん)滝または紅葉(もみじ)の滝ともいわれ、かつては、僧侶の修行の場でした。水の勢いが強く、高さ15m、幅3mあって、滝つぼ、深い淵になっています。
この豊かな清流は、坊主川を下って室見(むろみ)川に流れ、夫婦石浄水場(めおといしじょうすいじょう)を経て市民の大切な飲料水として使われています。
聖武天皇の頃(724~749)、筑前国司・佐野近世の娘は継母に無実の罪を着せられ、近世の手によって殺された。これが「濡れ衣」の由来となった出来事である。ここはその娘を供養した塚と伝えられている。高さ165cm、玄武岩製の板碑と呼ばれる中世特有の石造物で、康永3年(1344)に建立。正面の太く刻まれた3つの梵字は上が大日如来、右下が宝幢如来、左下が天鼓雷音如来を表現している。東には国道を隔てて...
花乱の滝は、落下する滝のしぶきが、花びらが乱舞するように美しいこと、または、火乱という修験者がいて、この滝にうたれて修行したということから、「花乱の滝」と呼ばれるようになったといわれています。
滝の高さは、約15m、幅3.5mあって、滝つぼが浅く、今でも滝にうたれて修行する人の姿が見られます。
博多人形師の四代目・中村弘峰による、子どもが登って遊べるアート遊具。伝統的な狛犬と、ザ・リッツ・カールトン福岡のエンブレムであるライオン(獅子)を融合させ、一対の守り神としてデザインされており、地域の「ローカル」と「グローバル」を繋ぐ象徴ともなっています。
子どもたちが登ったり寝転んだりできるよう設計され、地域の人々とアートが自然に触れ合うきっかけを生み出しています。触れて楽しむ“遊べるアー...
貝塚駅の南南東約300m、JR鹿児島本線を挟み、東西にある元寇防塁。箱崎地区は薩摩藩が分担して防塁を築いたという記録があり、現在は一部土塁状の高まりが残っている。平成5年に試掘調査を行った際は、防塁構築石材が出土した。東側の多々良川河口には乱杭を打ったといわれている。線路西側の地蔵松原公園に説明板が建っている。
「現実の自然界」と「身の回りに存在するバーチャル」を組み合わせた作品で知られる、現代美術家レアンドロ・エルリッヒが手がけたアート作品です。
デジタルの「ピクセル表現」と自然の象徴である「樹木」を融合させたユニークな形状で、高さは約5.7メートル。
「あいれふ」入口に設置された、まるでダンスを楽しんでいるような、あるいは怒って叫んでいる?ような、赤い大きな犬の彫刻。
作者はストリートアートの先駆者とも呼べる画家であり、1980年代のアメリカ美術を代表するキース・ヘリングさんです。彫刻であるものの薄くて平面に近い作品で、ヘリングさんが行っていた地下鉄広告版の飽きスペースに描く「サブウェイ・ドローイング」というグラフィティ・アートを肌で感じ...
志賀島といえば金印発見の地。「休暇村志賀島」の敷地内にある「志賀島ビジターセンター」では、金印の模型などの考古資料をはじめとし、志賀島の歴史、自然、生き物を紹介。島の木の実などを使ってものづくりを体験できるワークスペースも。志賀島に遊びに行ったらぜひ立ち寄ってみよう。
町の南端にあり、山頂からは福岡市街から玄界灘、宗像市街までを一望のもとに見晴らせる。一帯には南北朝時代に造られた山城・立花城があったが、現在では石垣が残るのみ。また日本で最北限のクス原生林がある。
黒田家の菩提寺であった崇福寺境内の西北に接して所在する歴代の墓所。藩祖・黒田如水、初代・長政、四代・綱政、六代・継高、七代・治之、九代・斉隆の歴代藩主とその一族、また直方藩主などを中心に祀っています。昭和25年(1950)に改葬工事が行なわれ、二十数基あった石塔は如水などの一部を除き廃されました。現在は12基の石塔が残されています。福岡藩の歴史遺産として、大変価値の高い市指定の史跡です。
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曹洞宗補陀山興宗寺の境内、右側丘陵の半腹に南向きに位置している円墳。墳丘の推定直径は約20mで、石室は複室構造の横穴式。古墳時代後期のものとされている。石室内の奥の間の正面には阿弥陀、左右には観音、勢至両菩薩が彫られている。作者・製作時期は不明だが、その形態から穴観音と呼ばれて信仰されている。