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白鬚神社
能古島の産土神(うぶすながみ:生まれた土地の守り神)で、祭神は住吉大神(すみよしのおおかみ)・神功皇后(じんぐうこうごう)・志賀明神(しかみょうじん)などです。能古島という地名には、「神功皇后が住吉の神霊を残した島なので残島(のこのしま)になった」といういわれがあり、この神霊をとどめたのが白鬚神社だといわれています。毎年10月9日に行われる「おくんち」は、福岡市の無形文化財に指定されています。
油山観音(正覚寺)
油山観音(正覚寺)
臨済宗東福寺派で、山号は東油山。元東油山の座主坊泉福寺。天平年間(729~748)の西域僧・清賀上人の開基。東油山は各360の僧坊が建つ一大法域。天正年間(1573~1591)に兵火に遭い全山炎上。元禄7年(1694)の再建時、寺号を正覚寺とした。現在では油山観音の名で知られ、聖観音坐像は国指定の重要文化財となっている。晩秋頃は境内の楓や大銀杏の紅葉が美しいと評判だ。
誓願寺
誓願寺(せいがんじ)
真言宗御室派で、山号は登志山。怡土荘の中原氏の娘の発願で、安元元年(1175)に栄西を招いて創建された。怡土荘は山城仁和寺領で、仁和寺ゆかりの僧である栄西は今津湾を臨むこの寺に10余年間滞留し、宋船のもたらす経典の入手に努めた。栄西自筆の盂蘭盆縁起は国宝に指定されている。銭弘俶八万四千塔や、孔雀文沈金経箱は、国指定の重要文化財。
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【パブリックアート】申明銀(シン・ミョンウン)《Poodle》
道沿いに突如、姿を現すピンクのプードル! 丸みを帯びたフォルムは、まるで大きなバルーンアートのようです。作者の申明銀さんは、犬のシルエットをモチーフにしたカラフルなペインティングや彫刻作品、犬のおもちゃを連れての散歩パフォーマンス、犬のぬいぐるみを使って世界各都市の旅写真を撮る作品など、一貫して「犬」をテーマにした作品を発表する韓国出身の現代美術家です。表情はなく、つるんとした無機質な表面で...
名島弁財天社
名島弁財天社
承和(じょうわ)年間(833~850)に天台宗慈覚大師円仁(てんだいしゅうじかくだいしえんにん)が開いたと伝えられている。 豊臣秀吉は九州征伐の際当社に詣で、小早川隆景(こばやかわたかかげ)に命じて、九州の守護として名島城を築かせた。その折、隆景は堂を修築して城の鎮守とし、その後、歴代藩主の崇敬を受けた。 明治維新の神仏分離で、弁天社は名島神社となり、弁天社はこの地に祭られるようになった...
福岡藩主黒田家墓所
福岡藩主 黒田家墓所
黒田家の菩提寺であった崇福寺境内の西北に接して所在する歴代の墓所。藩祖・黒田如水、初代・長政、四代・綱政、六代・継高、七代・治之、九代・斉隆の歴代藩主とその一族、また直方藩主などを中心に祀っています。昭和25年(1950)に改葬工事が行なわれ、二十数基あった石塔は如水などの一部を除き廃されました。現在は12基の石塔が残されています。福岡藩の歴史遺産として、大変価値の高い市指定の史跡です。 ...
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八所宮(はっしょぐう)
10月第3土・日の秋季大祭での大名行列は200年の伝統を誇り、豪華な装束を身にまとった行列が続く。広い境内は自然にも恵まれ、県指定の天然記念物トキワガシ・イチイガシの樹木が見事。
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筑紫耶馬溪(ちくしやばけい)
町の中心を流れる那珂川の上流、南畑ダム下流の釣垂峡を別名、筑紫耶馬渓と呼んでいます。清流が流れ、滝や巨石、奇岩などが多く、緑の美しい地域です。
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Artist Cafe Fukuoka
「Artist Cafe Fukuoka」では、アーティストのスタートアップ支援(相談やマッチング、イベント開催等)を行うとともに、アーティスト・イン・レジデンスの拠点、ギャラリー機能を持っています。アーティストが活動を広げられること、アーティストとして活動をはじめやすい土壌をつくること、市民にとってアートが日常になる空間や体験の提供を行うことを目的としています。 コミュニティスペース内の...
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「無題」
若くしてAIDSで亡くなったニューヨークのストリートイベンター、キース・へリングが制作。平面作品を垂直に立てただけのような、シンプルな形状が特徴的だ。
浄満寺
浄満寺(亀井南冥・昭陽の墓)(じょうまんじ/かめいなんい・しょうようのはか)
寛保3年(1743)、医家の子として生まれた亀井南冥は、上方に遊学し、医学を山脇東洋の高弟・永富嘯庵に学んで帰国。21歳で朝鮮通信使と詩文の応接をなし、世間の人々を驚かせた。天明4年(1784)、藩校甘棠館の創設に伴い館長に迎えられて多く人材を育成し、志賀島から金印が出土したこの年に、『金印弁』を著してその保護に尽力した。その学統は子・昭陽に継がれた。浄満寺境内には一門の墓があり、県指定の史...
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福岡銀行本店
建築家・黒川紀章による、現代アトリウム建築の進化につながる作品。1階部分は一般に開放するオープンスペースとし、広く大きな吹き抜け空間を設けたデザインが特徴的だ。アトリウムの中には緑や休憩のスペースなどが配置されており、都会の中のオアシス的な存在となっている。
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濡衣塚・康永三年銘梵字板碑(ぬれぎぬづか・こうえいさんねんめいぼんじいたび)
聖武天皇の頃(724~749)、筑前国司・佐野近世の娘は継母に無実の罪を着せられ、近世の手によって殺された。これが「濡れ衣」の由来となった出来事である。ここはその娘を供養した塚と伝えられている。高さ165cm、玄武岩製の板碑と呼ばれる中世特有の石造物で、康永3年(1344)に建立。正面の太く刻まれた3つの梵字は上が大日如来、右下が宝幢如来、左下が天鼓雷音如来を表現している。東には国道を隔てて...
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善導寺
縁起によると、鎮西聖光上人(ちんぜいしょうこうしょうにん)が建暦(けんりゃく)2年(1212)善導大師像(ぜんどうたいしぞう)を本尊として建立したとされているが、「筑前国続風土記(ちくぜんのくにしょくふどき)」では広誉上人(こうよしょうにん)が筑後の善導寺(ぜんどうじ)再興ののち、文明(ぶんめい)9年(1477)に建立したと記している。後土御門(ごつちみかど)天皇のとき(1465~1500)...
飯盛文殊堂
飯盛文殊堂(いいもりもんじゅどう)
旧早良郡飯盛・吉武・四箇・金武・田村・羽根戸・野方からなる、七ヵ村の惣社飯盛神社の神宮寺真教院の跡地に建つ。鎌倉時代には奈良西大寺の末寺であり、この地方の真言律宗の中心として栄えた。堂内には元弘3年(1333)仏師堪幸作の文殊菩薩騎獅像(市指定文化財)が安置されている。堂内に湧く『智恵の水』には受験へのご利益があるとか。
名島帆柱石
名島帆柱石(なじまほばしらいし)
古第三紀志免層群名島層の砂山、礫岩層(れきがんそう)中に含まれる珪化木(けいかぼく)で、9個の円柱状石からなる。 香椎宮の社伝によれば、神功皇后が三韓出兵の時使用した船の帆柱が化石になったものとされている。 波打際の岩の上に輪切りにされた数個の丸い柱状の石が時をしのばせるように並んでいる。
綿津見神社
綿津見神社(わだつみじんじゃ)
祭神は綿津見神。境内には大日堂と虚空蔵堂があり、ここに祀られた木造の不動明王立像・吉祥天立像・如来形立像・伝虚空蔵菩薩立像・伝薬師如来座像の5躯が、「綿津見神社仏像群」として市有形文化財に指定されている。この内、如来形立像と菩薩立像は、11世紀あるいは14世紀に海中から引き揚げられたとの言い伝えがある。神社裏からは玄界灘を眼下に見下ろし、西に志賀島、北に相ノ島を望むことができる。
十坊山からの眺望
十坊山(とんぼやま)
糸島市の西側にあり、標高535mの山頂に立つと青い海原に浮かぶ緑の小島など、玄界灘の雄大な眺望が楽しめる。山頂までのハイキングコースが整備されており、春は山菜採り、秋は紅葉と四季折々の楽しみ方ができる。

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