観光・体験
Sightseeing & Activity
津屋崎千軒の西に位置する高さ114mの大峰山の山頂周辺の海と山に囲まれた景勝地。
山頂には、日本海海紀念碑があり、街並みや水平線を一望できる。遊歩道やキャンプ場、東郷神社などがある。春は桜が美しい。
空気が澄んでいるときは、沖ノ島が見える。
画家・坂本繁二郎を発掘した人物として知られる、久我五千男氏のコレクションを展示していた個人美術館を町が受け継いだもの。常設展示場には、須恵焼のコレクションを数多く展示。絵画、彫刻などの個展も定期的に催されている。
明光寺祖忠の開基。元禄9年(1696)、三代福岡藩主・黒田光之の宰臣・立花実山が本寺を建立し、加賀大乗寺の卍山和尚が招かれて開山した。実山は貞享3年(1686)と元禄3年(1690)の参勤交代の際、千利休の教えを筆録した高弟・南坊宗啓の秘伝書を発見し、『南方録』(市指定文化財)として世に伝えた。また、実山は南坊流を興した茶人としても有名。寺宝として『卍山和尚語録』、実山の日記『梵字艸』などを...
多々良川の支流、鳴淵川筋一帯をいい、両岸には奇岩がそそり立ち、その間を清流が流れる景勝地。夏はカジカ、秋は紅葉と季節ごとに楽しめる絶好のハイキングコース。中でも五塔の滝は見所のひとつ。
享保の飢饉の犠牲者は、筑前国内で死者10万人とも言われている。 飢饉で亡くなった人を祀る市内各所の飢人地蔵のひとつで、博多川沿いにまつられている。おにぎり地蔵や味噌食い地蔵など、各地域の人が今も祭礼を受け持つ。 毎年、8月23日、24日には供養祭が行われている。
九州を平定した豊臣秀吉が、小早川隆景に命じて、天正16年(1588)から修築し、九州監察の拠点とした。
慶長5年(1600)黒田長政が入城したが、福岡城を築いてからは廃城となった。
また、神社は当初、山上にあったが、隆景が修築のとき、本丸下の現在地に移されたものである。
墳長85m、高さ8mの前方後円墳。高祖山から北にのびる丘陵端にある。墳丘斜面には葺石があり、墳頂部と段テラスの三段に円筒埴輪がめぐっていて、石室内からは鏡や匂玉、鉄刀などの副葬品が出土した。5世紀前半の築造で、今宿平野のみならず糸島平野全体を掌握した首長の墓と考えられている。国指定史跡。
玄界灘に浮かぶ周囲3.8kmの姫島は、明治維新の歴史を陰で支えた尼僧、野村望東尼の流刑地として知られている。
その時の獄舎を復元し御堂として祭り、側には波乱の生涯を偲ぶ顕彰碑も建っている。
江戸時代、異国船監視の遠見番所が置かれ、海上交通の要所になっていた鎮山は、遊歩道も整備され、登山を楽しむことができる。
臨済宗大徳寺派の寺で、山号は龍起山。大覚禅師(蘭渓道隆)と鎌倉幕府五代執権・北条時頼を壇越として、建長元年(1249)に創建。延文5年(1360)には朝廷の勅願寺となり、これに関する文書が他の21点の中世文書とともに残されている。曲彖(椅子)に座った禅師が描かれている『絹本着色大覚禅師像』は、縦112.8cm、横59.69cmで、国の重要文化財に指定されている。
古墳時代(4世紀)に造られた、長さ約37mの前方後円墳です。JR筑肥線「九大学研都市駅」や「さいとぴあ(福岡市西部地域交流センター)」のすぐ南側にあります。平成27年に古墳周辺の整備を行い、現在古墳公園としてオープンしています。古墳の上には、新たに盛土を行って保護し、盛土のすそにめぐらした縁石で古墳本来の形を表現しています。盛土の上には説明板が置かれています。
平家落人の里として伝説の残る唐原の里。
ここの林道から谷川沿いに小道を登ると見えてくるのが千寿院の滝。
高さ約20mで白い水しぶきとなって流れ落ちる様子は見事。夏場でも涼しく、観光客で賑わう。
浄土真宗西本願寺派で、山号は地福山。ここの庭園は西南側の書院の前面に広がっている。書院の前を流れる自然の小川(金屑川)を利用して、起伏の豊かな白砂の築山を作っている。大小の配石や竹林、広葉樹との調和が美しい市指定の文化財。築庭の年代は定かでないが、その作風から見て江戸時代以前ものと推定される。
歩道エリアにはデザイナー・松永真による作品が並ぶ。“楽しくて対話できるもの”というコンセプトのもとに制作したこれらの作品は、カエルやキリンをモチーフにしており、親しみやすく心和むものばかりだ。
志賀神社境内にあり、拝殿の左前方に大枝を広げているクスの木。2本のクスの幹とナノミの幹が合体しためずらしい巨木で、根回り9.2m、樹高22.6m、樹齢は約600年といわれている。