観光・体験
Sightseeing & Activity
長塚節(1879~1915)は正岡子規に歌の指導を受けたアララギ派の歌人であり、作家としては「土」を書いて農民文学を確立した。
明治45年、喉頭結核を患い、治療のため久保猪之吉博士を頼って九州大学病院に入院したが、大正4年37歳でなくなった。
日本に8施設だけの “スモール・ラグジュアリー・オブ・ザ・ワールド”に加盟できたホテル。
コンセプトは“プライベート空間”。
一本の小径が配されたエントランスや個室感覚のダイニングなど、
他の宿泊客が気にならない“プライバシー”に配慮した造りとなっている。
黒を基調としたホテルの随所には、シャンデリアやライトアップが施され、ラグジュアリー感を演出。
通常のホテルとは異をなる特別な...
「あいれふ」入口に設置された、まるでダンスを楽しんでいるような、あるいは怒って叫んでいる?ような、赤い大きな犬の彫刻。
作者はストリートアートの先駆者とも呼べる画家であり、1980年代のアメリカ美術を代表するキース・ヘリングさんです。彫刻であるものの薄くて平面に近い作品で、ヘリングさんが行っていた地下鉄広告版の飽きスペースに描く「サブウェイ・ドローイング」というグラフィティ・アートを肌で感じ...
江戸初期の貿易家・伊藤小左衛門の子である小四郎と万之助の霊を祀ると伝えられ、子供の息災の神として崇敬されている。小左衛門は朝鮮への武器輸出が発覚し、寛文7年(1667)長崎西坂で処刑され、その家族も連座して処刑された。人々は幼い子供の死を悼み祀ったという。しかしながら、藩主の信任の厚かった伊藤家への配慮か、母子3人は助命されたという言い伝えもある。
黒田忠之公(2代藩主)により創建された三間社流造の社殿が現在に至り、安土桃山文化の影響を受けた彫刻が施されている。
奥宮の桜井大神宮は伊勢大神宮から勧請したもので、内宮外宮を一体化した神明造りの社殿である。
県指定の重要文化財。
多々良川の支流、鳴淵川筋一帯をいい、両岸には奇岩がそそり立ち、その間を清流が流れる景勝地。夏はカジカ、秋は紅葉と季節ごとに楽しめる絶好のハイキングコース。中でも五塔の滝は見所のひとつ。
この滝は、金山(かなやま)登山道の入口にあたり、不動(ふどう)滝とも通天(つうてん)滝または紅葉(もみじ)の滝ともいわれ、かつては、僧侶の修行の場でした。水の勢いが強く、高さ15m、幅3mあって、滝つぼ、深い淵になっています。
この豊かな清流は、坊主川を下って室見(むろみ)川に流れ、夫婦石浄水場(めおといしじょうすいじょう)を経て市民の大切な飲料水として使われています。
博多リバレインの川沿いを歩いていくと、これまたカラフルでド派手な柱が目に飛び込んできます。何本もの柱が組み合わさり、近づいてよく見ると色によって柱のデザインが異なっています。なんでも、世界の様々な地域に古くから伝わる「コリント」「ビサンチン」「ドーリア」「和式」という4つの様式なのだとか。西洋と東洋の柱を幾重にも重ねて表現することで、様々な国と交流してきた博多を表しているそうです。
作者はユ...
カヤツリ草科の一種で、多年生草本である。茎は三角形で太く、高さは1~1.5メートルになる。冬は茎は枯れるが、8月未から10月にかけて10~20センチはどの花をつける。マレーシア、インド地方に産するが、わが国ではここのほかに分布地は知られていない。
祭神は田心姫命・湍津姫命・市杵島姫命。創立は神亀5年(728)で、江戸時代に筑前五ヶ浦廻船の基地であった宮浦の氏神として祀られている。この神社に掲げられている板絵着色武者絵馬は、宮浦の船頭4人が享和3年(1803)に奉納したもので、加藤清正の虎退治を画題としている(縦80.0cm、横121.5cm)。作者は葛飾北斎の高弟の江戸の浮世絵師・柳々居辰斎。五ヶ浦廻船の最盛期を裏付ける絵馬で、文化財...
筑前三代藩主・黒田光之が早良郡橋本村にあった小さな社を西新の地に移したもので、藤崎商店街から南へ少し入った所にある。西新の町はこの神社を中心に発展したとされる。大正4年(1915)、現在地の高取1丁目に移転。その名の通り境内にはモミジの木が多く、境内地の内、2000余坪を紅葉山公園としている。秋にはモミジが真っ赤に色づき、訪れる人の目を楽しませている。
高節山麓にある曹洞宗の寺。小早川隆景の重臣で、立花城代を務めた浦宗勝が亡妻を弔うため永禄12年(1569)に建立した。寺は後に焼失し、現在の本堂は約200年前に再建されたもの。本堂左手前の山道を案内に従って登れば、竹林の中に宗勝とその妻の墓が、5人の重臣の墓と共にある。
「Artist Cafe Fukuoka」では、アーティストのスタートアップ支援(相談やマッチング、イベント開催等)を行うとともに、アーティスト・イン・レジデンスの拠点、ギャラリー機能を持っています。アーティストが活動を広げられること、アーティストとして活動をはじめやすい土壌をつくること、市民にとってアートが日常になる空間や体験の提供を行うことを目的としています。
コミュニティスペース内の...
神功皇后が新羅から凱旋し,姪浜に上陸され鳥飼村平山という場所に着かれた。鳥飼村の人々は皇后を厚くもてなした。また、皇后は胎内の皇子(後の応神天皇)の将来を祝い、この地に泊まって近臣たちにも杯を振る舞ったという伝説から、子供の成長を助ける子安のご利益があるとされている。その後、村ではこの地に社を建てて、『若八幡』と名付けて奉拝したのが鳥飼八幡宮の起源とされている。
カシ、シイ、ムクなどの木々が重なり合って壮厳な美しさをかもし出す自然林。
この中にある樹齢900年のナギの古木5本は、行基のお手植えともいわれる。県指定の天然記念物。