観光・体験
Sightseeing & Activity
昭和48年に箱式石棺が発掘された大型円墳で、国指定の史跡です。副葬品には銅鏡や琴柱形石製品などがみられ、被葬者は高齢の女性で巫女的な存在であった言われています。石室や出土品より5世紀前半と推定されています。
高祖山山麓の丘陵上にある前方後円墳。古墳の全長は64m、高さ6.5m、6世紀前半に造られたと考えられている。保存されている墳丘、同濠、外堤の規模は北部九州屈指。昭和52年に保存整備のため調査されたが、埋葬施設は未調査のため不明。
ももちのシンボル・福岡タワーの膝下にある、赤く鮮やかで力強いフォルムの印象的な大きなモニュメント。すぐそばには海があり、またその作品名から、博多湾に向かって大きく手を広げているのかなと推測したりもできますが、真相はいかに?
作者は高名な彫刻家であり、もともとは京焼窯元清水家七代目当主であった陶芸家です。器のように、力強いなかにも空気を含むような柔らかさも持ち合わせているこの作品は、1996...
旧唐津街道の宿駅、筑前21宿のひとつ。街道筋に残る歴史的な景観だけでも見ものですが、通り沿いには古美術商などユニークなお店も点在しています。街道全体がひとつの芸術と感じられるような町並みです。
多々良川の支流、鳴淵川筋一帯をいい、両岸には奇岩がそそり立ち、その間を清流が流れる景勝地。夏はカジカ、秋は紅葉と季節ごとに楽しめる絶好のハイキングコース。中でも五塔の滝は見所のひとつ。
若八幡宮神社内にある前方後円墳。福岡市指定の史跡で、4世紀後半の築造と考えられている。墳長47m、後円部三段、前方部二段の築成で、墳丘には葺石を施し、埋葬主体部は長さ2.75m、幅1.2mの舟形木棺で、後円部中心に掘られた径13m前後の円形墓壙の中に古墳長軸と直交して埋置。棺内外には三角縁神獣鏡、玉類、鉄製武器類、鉄製短甲などを副葬している。
若杉山の山ろくに広がり、春には3万本のつつじが咲き乱れる名所で、季節ごとに桜、菖蒲、アジサイ、紅葉など四季折々の自然が楽しめます。眼下には福岡市、博多湾を望む一大パノラマが広がります。カンラン岩の巨石群がゴロゴロと積み重なった天然のロックガーデンは見ものです。
京都の合戦で敗れ、九州まで逃れた足利尊氏は、延元元年(1336)宗像大宮司らの援軍を得て、多々良川右岸丘陵に陣どり、肥後の菊池武敏が率いる九州勢の大軍を迎え撃った。
当時、この付近一帯は戦場となり激戦が展開されたところで、戦いは菊池側の松浦、神崎ら諸軍の裏切りから乱軍となり、形勢は尊氏側に傾いた。余勢をかった尊氏は京に上り、室町幕府を築いた。
7世紀後半、九州では最古級のウトグチ瓦窯遺跡をドームで覆って完全保存。
展示館とした施設。当時の瓦窯の様子や瓦の歴史が学習できる。
また復元されたのぼり窯や工房があり、焼物づくりが実際に体験できる。
宇美町の観光資源である三郡山は、福岡平野と筑豊盆地の間に位置する標高936m、宇美町で一番高い山です。春の山野草、秋の紅葉、冬の河原谷の大つらら(通称:難所ヶ滝)など四季折々の魅力を楽しめます。三郡山の麓にある「一本松公園(昭和の森)」から約150分で登頂できます。
交通の便が良く、町の中心に位置する文化施設として、生涯学習の“場”を開き『ゆとりある生活空間都市かすや』を創造し、必要な資料や情報を提供することを目的としています。歴史資料館には、復元作業室の公開や、地域の考古遺物や民族資料の紹介をおこなっています。
姪浜住吉神社祭神は、家内安全・海上安全・交通安全・開運・厄除け・災難除け・安産・商売繁盛のご利益があるとされ、宮司がクイズミリオネアでパーフェクトを達成したことから開運の神社として特に有名です。
住吉神社の起源は、奈良時代の天平十五年(西暦七四三年)九月二十九日の夜半、住吉明神のご出現があり、翌年四月十三日にも異国 船来襲の調伏祈願の折にご出現され、このため一宇の小社を建立し住吉三神をお祭...
東区、糟屋郡新宮町、久山町の境にある立花山(標高367m)に築かれた南北朝~戦国時代の山城。豊後・大友氏の拠点で、元徳2年(1330)に大友(立花)貞載が築城した。7世の鑑載が大友宗麟に背いたため、戸次鑑連(道雪)がこれを攻めて入城し、立花氏を称するようになった。天正14年(1586)、その子の統虎(宗茂)は九州征覇のために北上して来た島津氏とここで戦い守り抜き、のちに豊臣秀吉から柳川の城主...