時代とともに進む、モダンと融合した福岡の伝統
2023年12月20日伝統工芸品と聞くと、昔からの技術やデザインをずっと受け継いでいるとのイメージをもつ方も少なくないかもしれません。ですが伝統工芸品とは、主として日常生活の用に供されるものであり、つまりその時代のライフスタイルに沿って使われるものであります。
今の時代を反映する福岡の伝統工芸品の中から、とりわけ現代的なスタイルが顕著な工房やお店に注目しました。あわせてリニューアルしたばかりの文化を発信する場、住吉神社能楽殿もご紹介します。
[博多人形]
◎傀藝堂(かいげいどう)
最寄り駅は、福岡市営地下鉄の「桜坂」。天神から少し離れたいわゆる閑静な住宅街にあります。車通りに面してないわかりにくい場所にあり、スマホのナビに頼って住民だけが通るような裏路地を進んでいくと…まるで大きな岩のようなとてもユニークな建物が出現。いきなり圧倒させられます。
素焼きの人形にそのまま着色することで本来のぬくもりを感じられる博多人形は、約400年にわたり継承されており、1976年に国の伝統工芸品に指定されています。傀藝堂は1917年創業の中村人形の四代目・中村弘峰さんが開いたギャラリーであり、「博多人形専門店が減少し、僕らが新作をお見せする機会も4年に1度の百貨店での展覧会というように少なくなりました。お問合せがあっても作品をお見せできない状況に心苦しさを感じたんです」と、ギャラリーの計画始動から足掛け5年、2023年4月に開廊しました。
傀藝堂では、ふだんは三代目・信喬さんと弘峰さんの作品を展示しています。初代から家族四代にわたって脈々と受け継がれている中村人形ですが、実は四代とも作風は異なるといいます。「自身の表現をするのが中村流。作風よりも『生き方』を伝授してもらっているように感じています」。上の作品は、現代の博多人形づくりをリードする信喬さんによるものです。柔らかみがあって今にも動き出しそうな、人形がまるで生命をもっているような印象を覚えます。
弘峰さんの作品は煌びやかに彩色されるなど、モダンで斬新な作風です。「江戸時代の人形師が現代にタイムスリップしたとしたら、きっと目に映るものすべてがキラキラに見えたり、いろいろな驚きがあるんじゃないかなと想像しながら作っています」と説明します。
「今の世の中、SNSの影響もあって多くの人々がそれで見た気、行った気になって終わってしまったり、ものごとに集中してのめり込む時間をあまり持たなくなっているように感じます。そんなスパイラルから抜けられるものとして存在するギャラリーを目指しています」。傀藝堂では、新作を中心にお二人の作品を随時入れ替えて展示していくほか、今後は、弘峰さんが「これだ!」と感じる現代美術作家の展覧会やトークなどのイベントも行っていくそうです。入場は無料で、風呂敷や干支人形などのグッズも販売しています。中村人形の世界の扉を気軽に開くことができ、その深い世界観に浸れるギャラリーです。
<傀藝堂(かいげいどう)>
住所:福岡市中央区桜坂1-10-46 1階
TEL:092-791-5316
営業時間:13:00〜17:00(入場16:45まで)
定休日:水曜日、土日祝日
https://www.nakamura-ningyo.com/
[箱崎縞]
◎Maison HAKOSHIMA(メゾンはこしま)
福岡の織物というと博多織や久留米絣が有名ですが、実は戦前まで福岡市東区で「箱崎縞」という織物も作られていました。明治時代に始まり、丈夫で実用性に優れていたことから庶民の普段着、浴衣、座布団、炭鉱夫の労働着などとして愛用され、また、博多祇園山笠の長法被にも使われていたそうです。ですが、戦争勃発により織物は包帯やガーゼなどの軍用品製造に切り替わり、鉄製の織り機も金属回収令により製鉄所に運ばれ解体されてしまい、以来、箱崎縞の生産が復活することはありませんでした。
箱崎縞の存在を知り、その魅力に惹かれた博多織職人でテキスタイルデザイナーの尾畑圭祐さんが数年前に箱崎縞を復元。妻の林舞さんと一緒に、現代の生活にも取り入れられるような織物を再現し、洋服や小物に仕上げるメーカーを立ち上げました。その直営店が、聖福寺のそば、御供所通りにある「メゾンはこしま」です。
ラインナップは、ブラウス、スカーフ、パンツ、ストール、ハンカチなど。縦縞(ストライプ)や格子(チェック)の柄も特徴的ですが、最大の特徴はその織り方にあります。一般的に、織物に使う糸は強度を増すために複数の糸をより合わせて1本の糸に仕上げるのですが、箱崎縞はあえて単糸で織られているそうです。触ってみるとよくわかりますが、柔らかくガーゼのような手触りです。「洗うともっとふんわりとなって、肌触りもさらに良くなりますよ」と林さん。写真右上の「ポッポ布」は3サイズあり、小はハンカチ、中は風呂敷のように、大はテーブルクロスや布団カバーなどとして利用できます。
奥に小さな喫茶スペースがあり、コーヒーやお茶、自然派ワインなどのドリンクやスイーツが楽しめます。おすすめは菓子・料理研究家の山本ゆりこさんが監修したという、生地を重ねて縞模様を表現した「SHIMA」(プレーン450円、ジンジャー470円)です。喫茶スペースには戦前に織られた箱崎縞の現物が飾ってあり、また奥には博多織機も設置。この織機を使ったワークショップも週1回開かれています。
試しに着せてもらったところ、軽くて、着心地、履き心地も抜群! 箱崎縞に魅了され、復元・商品化まで果たしたご夫妻の気持ちを、まさに肌で感じました。
<Maison HAKOSHIMA(メゾンはこしま)>
住所:福岡市博多区御供所町12-2本山ビル1F
TEL:092-984-0721
営業時間:12:00〜18:00(喫茶ラストオーダー17:00)
定休日:日曜日、月曜日
https://maisonhakoshima.stores.jp/
[博多織]
◎サヌイ織物/博多織工芸館
780年の歴史をもち、1976(昭和51)年に国の伝統的工芸品に指定されている博多織。1949(昭和24)年創業のサヌイ織物は、「革新なくして、伝統なし」をモットーに博多織を製造販売している会社です。
「そもそも博多織は、先人たちが常に新しい考えや技術を取り入れ、開発、工夫や改良、発明を繰り返し、最高峰と呼ばれる織物を生み出してきたからこそ、長い歴史が紡がれてきました」と社長の讃井勝彦さん。サヌイ織物では「革新の積み重ねこそが伝統をつくる」と、過去から本当に受け継ぐべきものは「チャレンジ精神」であるとしてそれを全体の10%とし、残りの90%は時代とともに見直し考えていくものと捉え、製造を行っています。博多織生地から小物まで幅広く製造し、またデザインも伝統的な献上柄から今の時代に合わせた柄まで揃います。
特に注目したいのが「にわかシリーズ」です。伝統芸能・博多仁和加(にわか)で使われる半面をモチーフに、小銭入れ、パスケース、名刺入れ、ポーチを製造しています。「博多織らしさでいうと献上柄が一番ですが、そこにこだわらず博多らしいものをと作りました」と讃井社長。愛らしいデザインが大当たりし、「九州福岡お土産グランプリ」(西日本新聞社主催)では2018年、2019年の2年連続でグランプリを受賞しました。また、天皇陛下も同シリーズの緑とオレンジの2つのポーチをお求めになられたそうです。人気を博し、現在は漫画『北斗の拳』や『キン肉マン』、アビスパ福岡ともコラボした製品も作られています。
讃井社長曰く「着けた人にしかわからない、締め心地」というネクタイもおすすめです。糸をたくさん使用しているためキュッと締まりがよく、首元の形をきちんと作ることができ、また、ゆるみにくいという特徴があるといいます。
併設の博多織伝統工芸館では、機械織の工房の見学ができ、文化財を含む博多織の資料展示や博多織の小物などの商品販売があり、手織機による機体験も行っています。福岡で博多織を製造する会社は約20社あるなか、製造工程を常時一般公開しているのはここだけ。糸が布になっていく瞬間を目の当たりにできます。
<博多織工芸館>
住所:福岡市西区小戸3-51-22
TEL:092-883-7077
営業時間:10:00〜18:00
定休日:年末年始・お盆
https://sanui-orimono.co.jp/
[博多曲物]
◎博多曲物 玉樹(たまき)
博多曲物とは、杉やヒノキの薄い板材を熱を加えて曲げ、板の端を桜の皮で綴じ合わせて作られるものです。関東の呼び方では「まげわっぱ」というと、ピンとくるはず。今でもお弁当箱など身近で使われていますよね。
博多曲物の起源は諸説ありますが、江戸時代から盛んに作り始められ、福岡市にある筥崎宮の神具として古くから奉納されてきた伝統をもち、1979(昭和54)年に福岡県知事指定特産民工芸品に指定されています。戦前までは20軒以上の工房がありましたが、今は2軒のみ。そのうちの1軒が、400年以上にわたって博多曲物を作り伝えてきた柴田家の工房である「博多曲物 玉樹」です。
柴田家は筥崎宮の神人として曲物作りを家業とし、代々、神前に供える曲物の祭具を作ったり神輿など飾り織も勤めてきました。柴田家18代・玉樹さんは、博多曲物の長い歴史の中で初めてとなる女性曲物師。1996年に亡くなった先代のお父様の跡を継ぎ、曲物作りに励んでいます。
「玉樹」では飯櫃(めしびつ)、重箱、お弁当箱、ポッポ膳のように古くから使われている曲物はもちろん、たとえば玉樹さんの代では、空気清浄機やワインクーラーの外装や、アフタヌーンティースタンドなども手掛けてきました。「技術をつなげていきながら、時代に合わせたものを作るのは当然のことです」と玉樹さん。そのうえでさらに大切にしているのが「一つひとつの工程を丁寧にすること」です。「カンナで削る、曲げる、合わせる、もっと言うなら刃物の研ぎや手入れまで、どれ一つおろそかにしてはいけません。何事も丁寧に。一つでもそれを怠ると、仕上がりが悪くなってしまいます」と語ります。
工房は粕屋郡志免町にあり、東区箱崎にて土日限定でショールームを開いています。また玉樹さんは毎週木曜日に、福岡の伝統文化を伝える「博多町家ふるさと館」(博多区川端町)の実演コーナーにて、曲物の制作の様子を人々に向けて伝えたり、博多曲物の体験も行っています。体験では曲物を作りながら、玉樹さんから直接、博多曲物にまつわるいろいろなお話も聞けますよ。
<博多曲物 玉樹(たまき)>
住所:福岡県粕屋郡志免町別府西2-2-16
TEL:092-935-5056
営業時間:9:00〜17:30
定休日:日曜日
https://magemono.com/
[文化財]
◎住吉神社能楽殿
博多区住吉にある住吉神社は、およそ1800年以上の歴史をもち、全国に2,129社ある住吉神社の中でも最初の神社といわれています。8,107坪の広大な敷地の中にはさまざまな施設や名所があり、その一つに「住吉神社能楽殿」があります。
大正時代、警固(福岡市中央区)のあたりにあった能楽堂が老朽化し演能困難となり、能楽関係者から新たに住吉神社境内に能楽堂を建設する計画がおこり、1938(昭和13)年秋に落成。その後、住吉神社に寄贈されたそうです。伝統的な様式と洋風の建築技術を一体にした劇場建築、近代和風建築は全国的にも極めて貴重な建物であり、1999(平成11)年に福岡市指定文化財となりました。
2021年度から屋根の老朽化を発端に全体にわたって改修工事が進められていましたが、3年近くの歳月を経て2023年10月についにリニューアルが完了しました。改修にともない、増築箇所を解体して建築当初の姿へと戻したり、耐震補強や施設の環境整備も行われました。耐震補強にあたっては、琴や笛、太鼓といった古典楽器の音色が損なわれないよう細心の注意を払い、鉄骨は使用せず土壁と木材のみで補強したという徹底ぶりです。
住吉神社能楽殿ではこれまでも古典芸能に限らずさまざまな催し物が行われてきましたが、リニューアル後もコンサート、朗読会、講演会、お茶会など幅広く受け入れ、発信していくといいます。これからも人々に開かれた「文化の発信基地」「交流の起点」としての歴史を、長く重ね続けていくことでしょう。
<住吉神社能楽殿>
住所:福岡市博多区住吉3-1
TEL:092-291-2670
https://www.nihondaiichisumiyoshigu.jp/