観光・体験

Sightseeing & Activity

検索結果: 38件中19件〜36件表示中

並び順

61e6a121ec39ba4f82748d74873f7f33.jpg
'【パブリックアート】着衣の横たわる母と子
作者は20世紀を代表するイギリスの現代彫刻家、ヘンリー・ムーア。福岡市政100周年を記念し、市民からの基金によって設置された。子供を包み込むようにして博多駅前に横たわるその姿は、博多を訪れる人までも優しく包み込んでくれるようだ。
濡衣塚・康永三年銘梵字板碑_fukuoka-338.jpg
濡衣塚・康永三年銘梵字板碑(ぬれぎぬづか・こうえいさんねんめいぼんじいたび)
聖武天皇の頃(724~749)、筑前国司・佐野近世の娘は継母に無実の罪を着せられ、近世の手によって殺された。これが「濡れ衣」の由来となった出来事である。ここはその娘を供養した塚と伝えられている。高さ165cm、玄武岩製の板碑と呼ばれる中世特有の石造物で、康永3年(1344)に建立。正面の太く刻まれた3つの梵字は上が大日如来、右下が宝幢如来、左下が天鼓雷音如来を表現している。東には国道を隔てて...
福岡藩主黒田家墓所
福岡藩主 黒田家墓所
黒田家の菩提寺であった崇福寺境内の西北に接して所在する歴代の墓所。藩祖・黒田如水、初代・長政、四代・綱政、六代・継高、七代・治之、九代・斉隆の歴代藩主とその一族、また直方藩主などを中心に祀っています。昭和25年(1950)に改葬工事が行なわれ、二十数基あった石塔は如水などの一部を除き廃されました。現在は12基の石塔が残されています。福岡藩の歴史遺産として、大変価値の高い市指定の史跡です。 ...
1fb6c75084f1dc7a710525da3fae489f.jpg
日蓮聖人銅像
岡倉天心が明治37年に製作。高さは11.55メートル、重さは75トン。像となっている日蓮聖人は、文応元年(1260年)「立正安国論」(りっしょうあんこくろん)を書いたとされている。また、元の襲来をいち早く予言して、当時の執権であった北条時頼に告げたと言われている。
板付遺跡
板付遺跡
国指定の史跡で、稲作を行っていた集落跡では国内最古。標高11〜12mの低台地上に集落を設け、東西の沖積地を水田としていたと考えられている。集落には断面がV字形の環濠をめぐらし、周囲を水田の用水路をかねた溝が取り囲んでいた様子がわかる。集落と墓地、水田が複合する、弥生文化を知る上できわめて重要な遺跡だ。
1ef3ddeff6b0d1d2f8bdb1fb58087827.jpg
博多百年蔵 (石蔵酒造)
地元・博多の人々に愛される地酒を造り続ける 博多で唯一の造り酒屋「石蔵酒造」の造酒場が「博多百年蔵」です。 「博多百年蔵」は、石蔵利八正則氏が明治初頭に建築したもの。風情ある白壁土蔵に赤れんがの煙突など、明治初期に建てられた時の面影を現在も残し、現在もなお、さまざまな地酒が作られています。 「博多百年蔵」内には、製造直売所が併設されており、自慢の日本酒を試飲することも可能です。また、酒...
崇福寺_fukuoka-340.jpg
崇福寺
臨済宗大徳寺派で、山号は横岳山。仁治元年(1240)、湛慧が大宰府横岳に創建した。翌年、宋から帰国した聖一国師(円爾弁円)が招かれ、開堂説法を行なった。文永9年(1272)に大応国師(南浦紹明)が入寺し開山。その後多くの高僧を輩出し、慶長5年(1600)、初代福岡藩主・黒田長政により現在地に移転され、黒田家の菩提寺として庇護を受けた。墓所には嶋井宗室などの墓もある。 山門(さんもん) 旧福岡...
66d571bd94aaf3c56e362526c18e4e8a.jpg
那の津往還(博多港引き揚げ記念碑)
博多港引き揚げ記念碑として平成8年に建てられた、巨大なモニュメント。「敗戦直後の失意とその後湧き興ってきた生への希望を永遠に記念するモニュメント」として、豊福知徳により製作された。博多港は戦後直後、国内最大級の引揚援護港として、中国東北部や朝鮮半島より約139万人もの人々がこの地に、また、在日の朝鮮人・中国人など約50万人の人々がここから故郷へと帰っていった。戦争の悲惨な体験を二度と繰り返さ...
劇場
キャナルシティ劇場
福岡を代表するショッピングモール「キャナルシティ博多」の敷地内にある劇場。 演劇やミュージカルだけでなく、落語や伝統芸能など様々な演目が行われている。 舞台と客席の距離が非常に近いため、迫力のある演劇を楽しめると評判だ。
公園内
東公園
かつて、文永の役で元軍と激戦が繰り広げられた古戦場跡。その跡地を整備した公園。 園内には、元寇にちなんで建立された亀山上皇銅像や日蓮上人の銅像が建立してある。また、福の神である恵比須神を祀った十日恵比須神社や元寇史料館もある。上皇銅像の原型は、木彫界の巨匠山崎朝雲の作で、台座には有栖川宮熾仁親王の染筆による「敵国降伏」の文字が見られる。
那珂八幡古墳
那珂八幡古墳(なかはちまんこふん)
墳長75m以上、高さ8mの前方後円墳で、福岡市の指定史跡。古墳時代初期に築かれたものとされている。墳丘は地山整形と盛土からなり、周囲には鍵穴形に周溝がめぐらされている。内部主体は後円部の中央に2基あり、第1主体は未調査、第2主体は長さ2.3mの割竹形木棺の直葬で、三角縁神獣鏡と玉類が出土した。福岡平野の首長墓の系譜では最古に属するものとされている。
外観
十日恵比須神社
福岡市博多区吉塚の東公園内にある恵比須神社。 約400年以上前に博多の竹内家が香椎宮、筥崎宮への参詣の帰途、浜辺で恵比須像二体を拾い、社を建てたのが始まりとされる。当然、祭神は「えびす様」こと事代主大神と「だいこく様」こと大国主大神を祭っている。 毎年1月8日から11日までの「十日恵比須神社正月大祭」は大賑わいとなる。 商売繁昌、家運隆昌を願う参拝者が押し寄せ、毎年約100万人を数える...
東林寺_fukuoka-49.jpg
東林寺(とうりんじ)
明光寺祖忠の開基。元禄9年(1696)、三代福岡藩主・黒田光之の宰臣・立花実山が本寺を建立し、加賀大乗寺の卍山和尚が招かれて開山した。実山は貞享3年(1686)と元禄3年(1690)の参勤交代の際、千利休の教えを筆録した高弟・南坊宗啓の秘伝書を発見し、『南方録』(市指定文化財)として世に伝えた。また、実山は南坊流を興した茶人としても有名。寺宝として『卍山和尚語録』、実山の日記『梵字艸』などを...
石堂地蔵尊
石堂地蔵尊(いしどうじぞうそん)
「刈萱(かるかや)石堂丸物語」発祥の地とされる地蔵堂。「子授け地蔵」や「刈萱地蔵」とも呼ばれている。
2f8edc95e3897928ab008cde325c68d3.jpg
【パブリックアート】鎌田恵務《ハローアンドグッドバイ》
JR博多駅にほど近い場所にある比恵公園。中央に、高さ4メートルの大きな掌のモニュメントがそびえ立っています。山梨県出身、福岡市在住の作者は、数多くのパブリックアート作品を手掛け、また、障がい者アートのプロデュース活動も行っている彫刻家。 この作品はアジアの玄関口、福岡での出会いや別れが表されているそうです。行き交う人の時間帯、向かう方向によって感じ方が違い、「ハロー」にも見えれば「グッバイ」...
博多の森 湯処 「月の湯」
博多の森 湯処 「月の湯」
美容と健康に配慮した女性に人気の湯。ミネラルを含んだパール風呂やラドン風呂など、趣向を凝らした湯船が揃うのも嬉しい。このほか、マッサージや食事処もあり。
5adc34615efe077b7c5610ef9a3b8fd2.jpg
今里不動古墳(いまさとふどうこふん)
福岡平野東南部、月隈丘陵から延びる丘の上に築かれた円墳。大きさは直径34m、高さ9m。内部主体は複室の横穴式石室で、全長11.2mを誇る。大きな花崗岩を組み合わせて造られた石室は、福岡平野で最大級の規模だ。墳丘・石室の規模から御笠川中流域の有力豪族を被葬者とし、6世紀末〜7世紀初頭に築造された古墳と考えられている。石室の保存状態は良好。中に入って見学できる。
パブリックアート「ブルーミング」.jpg
【パブリックアート】エコ・ヌグロホ《ルーミング(The Blooming)》
インドネシアのアーティストエコ・ヌグロホさんが制作したこの作品は、高さおよそ5メートル、幅2メートルほどです。 上部は博多湾の豊かな自然を、下部は活気のある都市活動を表しています。カラフルでエネルギーに溢れる作品が、訪れる人たちを迎えています。博多港エリアに散策しながら、是非見に行ってみてください。

share

PR