博多織など伝統の文化を体感しながら福岡観光を
HAKATA JAPAN(ハカタジャパン) 代表 鴛海伸夫さん
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歴史的なスポットや伝統文化体験など、福岡観光をさらに楽しむポイントを、地元の歴史や文化に精通する皆さんに教えていただく「地元の人に聞く!福岡の歴史・文化の魅力」インタビュー。今回は博多織の老舗の3代目社長であり、博多織を生かしたオリジナル商品が人気の、「HAKATA JAPAN」代表の鴛海伸夫さんにお話を伺いました。
取材対象者紹介
鴛海伸夫(おしうみのぶお)さん
福岡市出身で、株式会社鴛海織物工場の代表取締役社長。大学卒業後、1928年創業・博多織の老舗である同社に入社したのち、2000年に博多織工業組合が立ち上げた「HAKATA JAPAN」プロジェクトに参加する。2003年、同プロジェクトを直営店として引き継いで以降、博多織の新たな可能性を追求した商品開発に挑み続けている。
HAKATA JAPAN
所在地:福岡市博多区下川端町 3-1 博多リバレイン B2F
TEL:092-263-1112
営業時間:10:00~19:00
定休日:博多リバレインモールに準ずる
https://www.hakatajapan.jp/
中国から伝来し、帯に特化して育まれてきた「博多織」
博多織の歴史や特徴などを教えていただけますでしょうか。
鎌倉時代の1235年、のちに承天寺を開山する聖一国師(しょういちこくし)の一行に加わって宋(中国)に渡った商人・満田弥三右衛門(みつだやざえもん)が、6年の滞在中に製粉、麝香丸(じゃこうがん)など5つの製法を学んで1241年に帰国しました。その中で唯一家伝とした織物の製法、それが博多織のはじまりです。
その後、時代とともにその伝統製法が広まっていきまして、着物は日本にあるさまざまなファッション文化のひとつとなるのですが、博多織の場合は、帯に特化した産地としてずっと育まれてきました。

博多織が帯に特化したのは、なぜでしょうか?
日本全国には織物の産地がたくさんありますが、基本的にはどれも着物の産地。その理由は織機の大きさです。手織りでも動力織機でも織械は畳一畳分ほど。対して帯地は、着物地よりもしっかり織りながら、さまざまな柄模様を綿密に出さなければなりません。そのため経糸(たていと)の本数が多く、手織りでも3m60㎝ぐらいの長さ、高さも3mほど必要なんです。
伝統の技術を継承する人材を育てる時間とともに、織機やそれを置くスペースを含めた経費の問題もありまして、帯の産地というのはなかなか広がらなかったようですが、現代まで継承し続けてきたのが、京都・西陣織、群馬県・桐生織、そして博多織の3つです。
例えば博多織と西陣織の帯は、どのように違うのでしょうか。
博多織と西陣織の違いは「TPO」です。すべてではないですが、西陣織は京都という環境もありまして、基本的に留袖や訪問着、振袖などに締める、華やかな場にあわせた色柄はもちろん、金糸・銀糸を使ってきらびやかに表現するのが得意です。
一方、城下町近くで育まれた博多織は、紬や小紋、夏の浴衣などに締める帯や、男性が使う「男帯」に特化して作られてきました。日常的な着物に使っていたことや、侍が刀を差していた時代の男帯は、緩まないようきっちり締めなければならなかったため、より丈夫さが求められてきたのだと思います。
ですから、西陣織の約1.5倍の本数ある経糸に、緯糸(よこいと)をしっかり打ち込んで織りますので、親から子へ、孫へと世代を超えて使っていただける、この丈夫さが博多織の一番の特徴だと思います。実は私がずっと使っている帯も、祖父から受け継いだものもあります。
博多織の新たな道を目指してスタートした「HAKATA JAPAN」
貴社が「HAKATA JAPAN」をオープンした背景をうかがえますか?


もともと「HAKATA JAPAN」は、博多織の新規商品開発によって新しいマーケットへ、さらに海外へも広めることを目的に、国や県、市の補助を受けて、2000年にスタートした博多織工業組合の企画でした。ですから、「HAKATA JAPAN」の商標権者は、今でも博多織工業組合です。
その約10年前になりますが、着物業界全体の需要が減りまして、問屋さんの取引縮小や、潰れるところもあって、博多織の生産メーカー数も少なくなっていました。その影響や、周辺の住宅地化による工場の騒音問題もあって、当社も事業を縮小することに。私は東京へ出て、生活雑貨や大型家具などオリジナル商品を製造販売する会社に転職していました。
当時、東京にいらした鴛海さんは、なぜ「HAKATA JAPAN」に参加されたのでしょうか?
数年経った頃、「HAKATA JAPAN」の立ち上げを知りまして、もともとオリジナル商品の開発に興味があったこともあり、「ここなら自分のやりたいことができるかもしれない」と思ったからです。そこで早速、私も鴛海織物工場に戻りまして、博多織メーカー4社とともに参加しました。
当初はレディースバッグをメインに、5社それぞれが提案する商品で卸売りを始めました。事業開始直後に出展したニューヨークのトレードショーでは、ベストブース賞を受賞しました。さらに、博多大丸のバッグ売場でも大々的に販売を始めまして、順風満帆にスタートしました。しかし、1年、2年と経つうちに、状況が変わりました。
どのような状況になったのでしょうか。
バッグは商品になるまで1、2ヶ月かかるので、その分入金も遅くなります。在庫を抱えてしまうと、帯のようにたためないので、保管スペースの問題も出てくると。これまで先代から受け継いできた帯業界とは違う点も多く、3年間の補助事業が終わる頃には、ほかの4社が撤退することになったんです。
ただ、当社はこれからも続けていきたいと、博多織工業組合理事会に「HAKATA JAPAN」商標使用の承認を得て、直接販売を行っていくことにしました。最初は2005年に、現在の「ヒルトン福岡シーホーク」に直営店を出しまして、その後2011年に現在の「博多リバレインモール」に店舗をオープンした、というのが経緯です。
東京で働いていた会社は、当社とテイストは違うんですけど、オリジナル商品づくりをしていましたし、卸業と同時に渋谷に直営店もありましたので、そこで学ばせていただいたことも影響していると思います。その時の経験を生かしながら、これからも博多織の新たな商品づくりを続けていきたいと思います。



新たなものを受け入れ独自文化へ発展させる気質こそ福岡の価値
鴛海さんが博多の歴史や文化に関わられるようになったのは、ご実家の博多織メーカーに入られてからでしょうか?
大学卒業後に当社へ入ったばかりの頃は、商品開発に携わるとともに、配色の勉強などもしていましたので、当時は自社や着物業界のことばかり考えていたと思います。博多の歴史や文化を意識するようになったのは、25歳ぐらいの時に「福岡JC」という福岡青年会議所に入ってから。いろいろな業種の経営者やその息子さんなど、地元福岡のことを一緒に考えていける仲間ができた頃からだと思います。
呉服町で博多織をしている先輩のところから、「博多祇園山笠」に出させていただくようになったのも大きかったですね。のちに東京へ出ましたので、実際には4年ぐらいしか出ていないのですが、伝統あるお祭りですし、上下関係もしっかりしていまして。私は同じ福岡市でも東区で生まれ育ちましたので、「これが博多なんだ」と、その歴史や文化をその経験で実感しました。
地元で幅広いお付き合いがある鴛海さんだからこそお考えになる、福岡市ならではの歴史的・文化的な特徴や価値は何でしょうか。
日本の中で一番初めに、大陸のさまざまな文化が入ってきた歴史がある福岡は、それをスッと自然に受け入れられる気質があると思います。さらに入ってきた文化を過ごしやすくするためとか、ビジネスになるように創意工夫して、自分たちの生活に根ざしてきた、そうやって、独自文化を築き上げてきた土地柄だというのが、ほかにない価値だと思います。
私自身、離れた時期がありましたので、特にそう感じるのかもしれせんが、福岡の人はよそから来た人に対しても、本当ウェルカムという感じで。ビジネスはビジネスとしてきちんといたしますが、ちょっと時間あったら一緒に飲みに行こうと自然に誘える雰囲気であるのも、福岡ならではの特徴だと思います。

歴史や文化をより感じるなら博多織の帯を締めて観光へ
福岡観光の際にぜひ訪れていただきたい、歴史的なスポットや博多織を含めた文化体験でおすすめはありますか?
福岡は長い歴史がありますので、寺社仏閣が多い街なんです。地元の人にもあまり知られていませんが、特にたくさんのお寺が立ち並ぶ「博多旧市街」では、10年ぐらい前から毎年11月に行われているライトアップウォークは、観光でお越しになる皆さんにも人気のようです。
文化体験ではやはり「博多町家ふるさと館」です。女性の伝統工芸士が博多織の手織り実演をやっていますので、その技術や織機を間近で見ていただけますし、人が少ない時は別の機械で手織り体験もできます。
また、事前に予約すれば2Fのレンタル着物で博多織の帯をレンタルすることができます(※)。着物を着て、博多織の帯を締めて博多座へ行くとか、こちらも事前予約が必要ですが、観光ボランティアに案内していただきながら神社仏閣を回っていただければ、より福岡の歴史や文化を肌で感じていただけるのではないかと思います。
※帯の取り扱い状況は着物レンタル店へお問い合わせください。
ぜひ体験していただきたいですね。そのほか、地元民だからこそ知る穴場的なスポットはありますでしょうか。
福岡はとてもコンパクトな街。都市部もありますが、30分ぐらい離れると豊かな自然も楽しんでいただけます。なかでも志賀島や能古島は、同じ福岡市内とは思えない場所です。季節によって違う景観を楽しんでいただけますし、本当に大陸に近いですから、悠久の歴史に想いをはせながら過ごしていただけると思います。
都市部でしたら、街がどんどん新しく整備されているものの、少し裏に入っていただくと、昔ながらのお店があります。おいしいものを安く味わえるお店も多いですし、高齢のおいちゃん、おばちゃんがやっているところですと、昭和レトロな雰囲気なども楽しんでいただけると思います。街中もいろいろと探検してみてください。
「博多織」など伝統工芸品の価値を感じながら気軽に楽しんで欲しい
今後、福岡市の観光や文化発信に期待することはどんなことでしょうか。
福岡市内はいま、再開発等でビルが建て替えられていますが、そのビルや施設内に、展示や装飾、インテリアデザインなどで福岡の伝統工芸品や日本の伝統芸能などを、感じてもらえる場所ができるといいなと思います。そうすることで、後世へ伝統文化を継承できるのではと。
また、伝統文化をより感じながら歩けるようになれば、これまで福岡を拠点に、太宰府や熊本、長崎などへ観光に出かけていた人々も、もっと福岡に滞在して楽しんでいただけるようになるのではと思います。これからまだまだビルや施設が完成していきますので、何か連携して進めていけると、より福岡は面白くなるのでは、と私は考えています。
福岡市内の一部ホテルや福岡国際空港国際線4階のラウンジの壁面のほか「ザ・リッツ・カールトン福岡」などでも、博多織をはじめ、伝統工芸品を取り入れた装飾を楽しんでいただけるようになっておりますので、観光で訪れた際にはご覧いただき、福岡の伝統工芸品を気軽に楽しんでいただけたら嬉しいですね。
最後に読者のみなさんへ、メッセージをお願いできますでしょうか?
博多織は、デザインを決める「図案」に始まり、それを設計図にする。そして生糸を精練した絹糸を糸繰りをして整え、たて糸用は小分けし、たくさんの木枠に巻き、整経(せいけい)を行ってロール状に巻き、織機の後方にセットしたら、既存のたて糸と新しいたて糸をつなぎます。よこ糸用は木枠から細い管に巻きなおして杼(シャトル)にセットしたら、ようやく織る工程「製織」(せいしょく)となります。そして、完成した織物を検品してから出荷と、それぞれの工程に人の労力や時間をかけて、ようやくひとつの商品が生まれるんです。
また機械織りでは数十年前より博多織の小幅動力織機を造っているメーカーがないので、メンテナンスをしながら、50~60年ぐらい前の機械を大切に使って、伝統の技法を継承し続けてきました。このように、どのように生地を作っていくのか、どのような機械を使って伝統工芸を継承しているのかなどを知っていただいたうえで博多織にふれていただき、その価値をより感じていただければと思います。

インタビューで紹介したスポット
博多織を生かしたオリジナル雑貨も豊富な「HAKATA JAPAN」
博多織の老舗「鴛海織物工場」が運営。伝統的な博多織の帯から、かつて江戸幕府へ献上した「五色献上」などを生かしたバッグや財布のほか、雑貨やアクセサリーまで、おみやげにもおすすめの多彩なオリジナル商品がそろっています。博多織を生かした商品のオーダーメイドも相談可能。また、伝統工芸品を生かした装飾の施工なども行っています。