福岡・博多の賑わいの原点とは?昔と今を探る歴史旅 前編
2024年3月12日九州の玄関口として観光やビジネスで賑わいを見せる福岡ですが、実は古くから日本の玄関口として、国際交流の窓口の役割を果たしながら発展していった土地でもあります。その豊かな歴史や受け継いだ伝統が、現在の福岡の名所として息づいています。
今回は、博多旧市街や福岡城エリアの歴史を紐解きながら、昔と今を探ることができるホットスポットを紹介していきます。
「博多町家」ふるさと館
博多の歴史、伝統を知るなら迷わずここ!
博多旧市街エリアを代表するエリアで、明治・大正時代を中心とした博多の歴史や人々の暮らしや伝統文化などを、隅から隅まで学ぶことができる「博多町家」ふるさと館。館長を務める長谷川法世さんに施設の見どころや博多の文化についてお話をお伺いします。
「当館設立のきっかけになった町家棟は、明治中期に博多織の織元が建てたものです。その博多町家が古くなって解体されることになったとき、市民からもったいない、保存しましょうって声があがって、署名活動になり、移築保存が決まったんです。市の文化財になっています」と館長さん。解体する時の所有者三浦家のお嬢さんは「小学校で私と同級生でしてね。ご縁ですねぇ」と目を細めます。
町家棟は、博多織織元の店舗や工房があり、建築当時の姿を再現しています。「博多町家」ふるさと館は博多の暮らしを紹介する町家棟、展示棟、みやげ処の3棟で構成されています。
「博多町家」ふるさと館で必ず体験したいのが、伝統工芸体験です。観賞するだけじゃ物足りないという人のために、気軽に楽しめる体験プログラムが用意されています。町家棟では、工房部分で博多織の実演があり、「献上柄」の博多織も展示されています。
展示棟は歴史や伝統を知ることができます。1階では福岡の人々の暮らしや歴史、祭りなどを学ぶ展示コーナー、2階では伝統工芸品の制作実演を見学することができ、曜日によって博多張子、博多独楽、博多人形の絵付け体験と博多曲物の制作が体験できます。実際に体験することで、見るだけではわからない伝統の奥深さを感じることができるでしょう。
みやげ処
町家棟に隣接する「みやげ処」は博多らしい土産品を探すのに絶好の場所。普段使いできる博多織の小物や博多人形などの伝統工芸品、博多でおなじみの銘菓などがバラエティ豊かに揃う。
注)みやげ処は、2024年3月に和風カフェに改装を予定しています。詳しくは「博多町家」ふるさと館までお問い合わせください。
館長の長谷川さんは今後の「博多町家」ふるさと館について「博多のことを発掘、研究するやりがいのある場所なので、もっともっと山笠や工芸などの多くの文化の研究や発掘を進めていきたい」と思いを込めます。
伝統工芸の体験、博多町人の暮らしや歴史、博多らしいお土産と、博多の魅力が凝縮されたこの「博多町家」ふるさと館で博多らしい思い出を作ってみてはいかがでしょうか?
❖「博多町家」ふるさと館
住所:福岡市博多区冷泉町6ー10
備考:
・入館料:小・中学生無料、一般200円、団体(20人以上)1人につき150円
※65歳以上(福岡市・北九州市・熊本市・鹿児島市居住者)、または心身障がい者の方は無料。(当日、証明できるものをご持参ください)
「博多町家」ふるさと館
川端ぜんざい広場
博多の文化を味わう! 絶品の博多三大名物
博多で最初に栄えた商業の町として、もっとも歴史ある商店街である「上川端商店街」。全長約400メートルのアーケードには、老舗や新しい店が溶け合う博多情緒が残る商店街です。「川端ぜんざい広場」は、博多の昔ながらの味を受け継ぎ、今でも日本一甘いといわれるぜんざいを提供する人気スポットとして地元、国内外の人々に愛されています。今回は上川端商店街の正木研次理事長に川端ぜんざいのお話しを伺いながら発祥や歴史をご紹介します。
川端ぜんざいのはじまりは大正初期。川原家の四姉弟で営まれ、博多らしい人間味溢れるお店で博多っ子に愛されていました。正木さんも親に連れられたり、友達と訪れたりされてたようです。人気も広がり、博多名物と言われるほどになりましたが、昭和60年を最後に惜しまれながら閉店。跡継ぎもいなかったこともあり、しばらくお店は空いていましたが、福岡市の提案もあり、商店街を中心にぜんざいの復活ストーリーが動き出しました。当時の味を再現するために博多西洋菓子「博多通りもん」でおなじみの明月堂と共同開発に励み、平成6年、昔の独特な甘さを再現した「川端ぜんざい」が復活しました。
博多の味として親しまれたぜんざいですが、今では観光客からも大人気で、11時の開店当初から行列ができるほどの盛況ぶりです。ぜんざいは、創業以来のスタイルでたくあんが添えられて、甘いぜんざいとの相性もぴったり。ぜんざいに入っているふわふわのお餅も絶品です。
観光客のお目当ては、ぜんざいと広場中央に設置されている飾り山笠である「八番山笠上川端通」。全高約10メートルの立派な山笠は、常時近くで見られる機会はなかなかありません。他にも山笠にまつわる「当番法被」の壁面タイルや、山笠を担ぐための「かき棒」も展示され、博多の象徴でもある山笠にも間近で触れることができます。
賑わいを取り戻した「川端ぜんざい広場」ですが、正木理事長はさらなる思いと目標を語ってくださいました。「今でも国内外の人々が食べに来られるのは非常に嬉しいです。大正から川原家がぜんざいの味を変えず、しっかりした味を提供してくださったことにありがたみと、敬意を示しながら、商店街の名物として長く後世に伝えてくことが使命です。」と強く語ってくださいました。
再び博多の名物として輝きを取り戻した川端ぜんざいは、今後も多くの博多っ子と観光客を楽しませてくれる存在になりそうです。
❖川端ぜんざい広場
住所:福岡市博多区上川端町10-254
営業時間:11:00~18:00(金、土、日、祝、催し日のみ営業)
海元寺
こんにゃくと閻魔様ガチャ!?
博多の呉服町にある「海元寺」は観世音菩薩と閻魔大王が1つの御堂に並んで鎮座する珍しいお寺です。壁一枚で観音様と閻魔様がそれぞれ分けられ祀られていますが、死後を想像すると極楽と地獄のあまりの近さに混乱してしまいそうです。今回は海元寺の住職である櫻木さんから海元寺や極楽や地獄を中心にお話しを聞きました。
閻魔堂に入ると、こんにゃくが供えられていました。毎年8月16日と1月16日の年に2回行われる「閻魔祭り」にこんにゃくをお供えするそうです。こんにゃくは閻魔様ではなく、三途の川で亡者の衣服を剥ぎ取り、その衣服の重さで罪を測っている奪衣婆(だつえば)への物でした。「灰汁」で固めて作るこんにゃくをお供えして、「悪」を取ってもらおうという意味で、古くから子どもの病気を治したり、母乳の出を良くしたりと、地獄の門番でありながら、慈悲深い鬼でとして博多では「こんにゃく婆さん」として親しまれてきたそうです。
観音堂には西国三十三所観音菩薩が祀られています。西国三十三所とは日本で最初に成立した巡礼で、近畿一円の三十三箇所を巡るものです。海元寺の三十三観音菩薩も同じ功徳を受けられるように一カ所に三十三体が安置されています。近畿まで行かなくても博多でその御利益を受けることができた貴重な場所だったようです。櫻木さん曰く、観音様の顔もひとつひとつ違うようで、お気に入りの観音様を見つけてほしいとおっしゃっていました。
さらにお堂の入口には、一風変わった楽しいおみくじも設置してあります。閻魔様のお言葉が込められている「閻魔みくじ」です。それもお寺ではめずらしいガチャガチャ形式のおみくじで、なかには60分の1の確率で当たる大大吉の金色閻魔様が隠れているようです。
他にも海元寺の御朱印を求めて訪れる参拝客も多く、「えんま」の文字とかっこいい閻魔御朱印帳は大人気です。旅行の思い出をして集められている方は、ぜひ手に入れてみてください。閻魔様の御朱印帳を持っていれば、冥土の手土産として閻魔様に優遇されるかもしれません。
最後に住職の櫻木さんから「人によっては入りにくいお寺もありますが、決して入りづらいお寺にならないように、現代のひとにも心のよりどころになるような遊び心があるお寺でありたい」と今後の海元寺や訪れる方について思いを穏やかに語ってくださいました。
❖海元寺
住所:福岡市博多区中呉服町10-5
海元寺
まとめ
前編は博多の賑わいの原点を探っていきました。受け継がれる博多の文化や歴史に触れることで、今の私たちの暮らしに繋がっていることを感じられたのではないでしょうか?後編は、福岡の発展の礎を築いた福岡城エリアを巡っていきます。
★もっと読みたい:福岡・博多の賑わいの原点とは?昔と今を探る歴史旅 後編