妙楽寺

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博多の豪商 神屋宗湛の墓

博多の豪商 神屋宗湛の墓

臨済宗大徳寺派で、山号は石城山。東長寺東側の南北に走る御供所町通りにある。正和5年(1316)、大応国師(南浦紹明)の法弟・月堂宗規の開基。石城は元寇防塁にちなむ博多の異称。草創の寺地は博多湾岸の沖の浜にあり、遣明使一行が宿泊するなど対外交渉の一拠点になっていた。天正年間(1573~1591)に焼失し、慶長年間初代福岡藩主・黒田長政の入国後、慶長年間に現在地に移転した。博多の豪商神屋宗湛や伊藤小佐衛門、黒田家重臣の墓もある。

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基本情報

住所

福岡市博多区御供所町13-6

アクセス

地下鉄「祇園駅」から徒歩5分

マップ

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2026年(令和8年)博多祇園山笠、いよいよ7月1日~7月15日開催! 市内13か所の飾り山笠と7つの舁き山笠!川端通商店街には舁き山笠・飾り山笠各2基合計4つの山笠が登場!新天町の飾り山笠は今年が見納め。 今年も7月1日から始まる博多祇園山笠。 福岡市内13か所に絢爛豪華な巨大な「飾り山笠(かざりやま)」が登場し、街は山笠一色に。そして7月10日からは祭りは「静」から「動」へ。いよいよ勇壮...

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予約必要(当日以前に締切)

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昨年全席満席を記録した『サカナクション グッドナイト・プラネタリウム』が今年も上映決定! サカナクションの音楽、星空、そしてドーム映像が高次元でシンクロする『サカナクション グッドナイト・プラネタリウム』の上映が今年も決定しました。昨年の夏季上映のチケットは全上映完売を記録。公開から10年以上の年月を経ても色褪せる事なく、多くの人々に愛されるプラネタリウム作品です。 福岡市科学館ドームシア...

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円覚寺
円覚寺は、寛元4年(1246年)大覚禅師(蘭渓道隆)が宋より大宰府へ来朝した際、時の鎌倉幕府五代執権・北条時頼が大伽藍を矢倉門(現在の祗園町)に創建しました。しかし、時の戦乱・兵火により寺院の全てを焼失してしまいます。 その後、寛永13年(1636年)に聖福寺の境内に基礎を移転して再建し、聖福寺の塔頭寺院となりました。 この円覚寺は、福岡藩士立花実山直筆の「南方録」が伝承されており、南方流の茶と禅の道場として知られています。 南方録とは、千利休が茶道の秘伝を高弟であった南坊宗啓禅師に伝えた事を書き留めた書物で、一巻一巻の末尾に千利休が奥書証明してある全七巻の本です。 南方流は、大正時代はじめに円覚寺第十七世住職・龍淵猷山和尚が河村虎山より南方録を伝授され、博多に於いて茶の心が伝承されています。 円覚寺では毎週茶道教室を開いており、郷土に伝わる茶道南方流をより多くの方々に知っていただけるよう、初心者の方にもわかりやすく指導しています。
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承天寺
臨済宗東福寺派で、山号は萬松山。開山は聖一国師(円爾弁円)によるもの。 仁治3年(1242)宋出身の貿易商・謝国明が創建し、寺蔵の釈迦三尊像(鎌倉時代)、禅家六祖像(鎌倉時代)、銅鐘(高麗時代)は国の重要文化財に指定されています。 昭和50年(1975)、韓国の新安沖海底引揚げの沈没船から承天寺の塔頭のひとつである釣寂庵の銘のある木簡が発見され、中世における承天寺の対外貿易への関与が証明されました。 さらに、博多織の祖として伝えられる満田弥三右衛門の記念碑や、延宝2年(1674)に博多の商家・谷宗理が桜井神社(現在の糸島市)から買い取って、承天寺に寄進・建立した鐘楼もあります。 ◆◆◆饂飩蕎麦発祥之地の碑(うどんそばはっしょうのちのいしぶみ)◆◆◆ 承天寺開山の祖・聖一国師は嘉禎元年(1235)に宋へ渡り、艱難辛苦の末に禅の大法を修め、仁治2年(1241)に帰国。この時、仏法の教義以外にも、さまざまな宋の文化を我が国へ伝えた。その代表的なものが、うどん・そば・羊羹・饅頭などの製法であります。 ◆◆◆博多山笠発祥之地の碑(はかたやまかさはっしょうのちのいしぶみ)◆◆◆ 博多祇園山笠は福岡市を代表する祭りで、現在は博多区の櫛田神社を中心に行われています。その起源には仁治2年(1241)博多に疫病が流行した時、国師が施餓鬼棚に乗り、それを棒で担がせて祈祷して廻り、病魔を退散させたことに由来するとの説がある。したがって、今日でも承天寺の門前に清道を設けて山笠が巡るのは、その言い伝えによるものとされています。
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真言宗九州教団の本山で、山号は南岳山。本尊は弘法大師(空海)。 寺伝では大同元年(806)、唐から帰国した弘法大師が、密教東漸を祈ったと伝えられている。 弘法大師創建の寺としては日本最古で、当初は海辺の地にありましたが、福岡藩二代藩主・黒田忠之によって現在地へと移り、黒田家により300石の寺領と山林15万坪の寄進がなされた。墓地には二代・忠之、三代・光之、八代・治高の墓があり、現在は市指定の史跡にもなっています。 寺蔵の千手観音菩薩は平安時代の作で、槙材一木に彫られています。 高さ約82cmの小像であるにもかかわらず、重量感に満ちた仏像で、国の重要文化財の指定を受けています。 ◆六角堂(ろっかくどう)◆ 輪蔵と覆屋からなる六角堂は形態的・機能的に優れた仏殿で、市指定の建造物。 天保13年(1842)に博多在住の豊後屋栄蔵(万歳楼袖彦)が、名古屋以西の商人より財を募って名古屋の堂宮大工・伊藤平左衛門を招いて建立・寄進した。 中の六角形の厨子扉には、当時の文人・墨客の書画を蔵している。開帳は毎月28日。 ◆福岡大仏(ふくおかだいぶつ)◆ 昭和63年(1988)より彫刻が始まり、4年の歳月を経て完成。高さ10.8m、重さ30t。 木造(檜)坐像では、日本一の大きさの大仏である。 16.1mの高さをもつ光背は7仏や13仏も彫られ、後壁面には5000もの小仏が祀られている。 その横には宝物展示室もある。
仏殿全景1
聖福寺
臨済宗妙心寺派で、山号は安国山。建久6年(1195)に千光祖師・栄西禅師の開山、源頼朝公の開基。博多居住の宋人・百堂跡に創建され、山門の扁額『扶桑最初禅窟』は後鳥羽上皇の宸筆で、「日本最初の禅寺」という意味。六祖大鑑禅師像などの国指定重要文化財を所蔵し、禅寺の伽藍配置をよくとどめる境内は国指定の史跡となっている。文化・文政期の仙厓和尚はユニークで、含蓄に富んだ書画によって衆生済度した名僧として有名だ。仏殿には慧心僧都作の三世仏(さんせぶつ)を奉安。佛殿の内部を拝観すると、中央須彌壇の上に釈迦・弥勒・阿弥陀の三世仏(さんせぶつ)が鎮座し、世俗を離れた厳かな空間が構成されている。 山門(さんもん) 現在の聖福寺の山門は、初代・岩崎庄三郎の設計施工で、明治44年(1911)に完成。正面三間、側面二間、重層の入母屋造、本瓦葺で、高い基壇上に建つ。正面と背面は吹き放しで、正面中央に後鳥羽上皇の勅額「扶桑最初禅窟」が掲げられている。二階内部には、山崎朝雲作の十六羅漢像と仏師・高田又四郎作の千手観音像を安置しており、中央鏡天井の龍は冨田渓仙が描いたもの。全体に均整が取れ、禅宗の山門らしい風格をたたえている。 博多塀(はかたべい) 豊臣秀吉が九州を平定する頃、博多の町は毛利・大友・島津などの諸勢力による相次ぐ合戦で荒廃していた。「博多塀」とは、その焼け跡に残った石や瓦を埋め込んで作った土塀のこと。御供所通り側は上塗りにより見えないが、境内側は禅宗様式の形態をとどめ、周囲の歴史的建造物や樹木の豊かな緑と一体となって、歴史を感じさせる美しい景観を形成している。現在ではここ聖福寺を含め、わずかしか残っておらず、希少価値の高いものとして大切に保存されている。
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若八幡宮
祭神は,仁徳天皇,大己貴命(おおなむちのみこと),少彦名命(すくなひこなのみこと)。俗称「やくはちまん」「厄除八幡」とも呼ばれ,市内のみならず,周辺地域からも広い信仰を集めている。新暦・旧暦の大みそかには,毎年深夜まで厄除,厄ばらいの祈願を行う人々で大変にぎわっている。 厄年には前厄・本厄・後厄があり,3年続けて参拝すれば次の年には厄落としになるとされている。
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博多千年門
博多千年門は、博多を訪れた観光客を歴史的文化財が多く残る寺社町エリアへと導くウエルカムゲートです。博多の繁栄を願う地域住民、地元企業、行政が一体となって建設に取り組み、平成26年3月に完成しました。名称は公募で決定。博多のこれまでの千年の重みとこれからの千年の繁栄を願ったものとなっています。 歴史的文献によれば、博多から大宰府政庁へ延びる官道には、江戸時代に「辻堂口門(つじのどうぐちもん)」と呼ばれる博多の入り口となる門が存在していました。博多千年門は、かつての「辻堂口門」にならった木造の四脚門様式で、切妻本瓦葺(きりづまほんかわらぶき)、中世博多の寺社様式が採用されています。また、門扉の板材には太宰府天満宮より寄贈された樹齢千年の「千年樟(せんねんぐす)」を用い、欄間の彫刻には博多織の献上柄模様が刻まれています。
龍宮寺
龍宮寺
浄土宗。開山は谷阿上人。当初は袖の湊の海辺にあり浮御堂と称していたが、貞応元年(1222)に海中より人魚が出現した際に国家長久の瑞兆と占われた。その人魚を寺内に埋葬したことにちなんで寺名を龍宮寺と改称。この時朝廷より下向した勅使・冷泉中納言の姓をとって冷泉山と号するようになった。文明12年(1480)、正風連歌を確立したことで有名な宗祇がこの寺に寄寓し「秋更けぬ 松のはかたの 奥津風」と歌に詠んだことで知られる。
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昭和40年に整備された公園です。 この場所が、旧博多駅構内であったことから、公園内には「九州鉄道発祥の地」の碑が建立されています。 平成29年12月にリニューアルし,博多部の新たなゲートとなりました。 公園には、観光バス6台分の乗降場が整備されています。
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幻住庵
延元元年(1336年)の創建で、無隠元晦(むいんげんかい)により開山されました。以前は、那珂郡馬出(まいだし)村(現在の東区馬出)にありましたが、天正年間(1573年-1591年)に兵火にかかり焼失。正保3年(1646年)、博多の豪商大賀宗九(おおがそうく)の息子宗伯(そうはく)が、現在地に再建しました。墓所には、宗九・宗伯父子の墓があります。また、文化・文政年間(1804年-1830年)には、聖福寺の名僧仙厓和尚(せんがいおしょう)が、庵内の虚白院にて静かに余生を過ごしました。 ※本庵は、拝観できません。
謝国明の墓
謝国明の墓(大楠様)
日宋貿易で活躍した謝国明は宋出身の帰化人で、櫛田神社周辺に住んでいた。また、小呂島を領有し、「船頭」「綱首」と呼ばれていたところから、船頭を兼ねた資産家の商人だったとみられる。仁治3年(1242年)に承天寺を創建し、宋から帰国した聖一国師(円爾弁円)を迎え開山した。御笠橋手前、クスノキの大木の梢の下に、謝国明の墓と事跡を記した碑が建っている。

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