観光・体験
Sightseeing & Activity
博多港引き揚げ記念碑として平成8年に建てられた、巨大なモニュメント。「敗戦直後の失意とその後湧き興ってきた生への希望を永遠に記念するモニュメント」として、豊福知徳により製作された。博多港は戦後直後、国内最大級の引揚援護港として、中国東北部や朝鮮半島より約139万人もの人々がこの地に、また、在日の朝鮮人・中国人など約50万人の人々がここから故郷へと帰っていった。戦争の悲惨な体験を二度と繰り返さ...
「アビスパ福岡」のホームグラウンド。自然をいかした広大な東平尾公園にあり、美しい曲線を描く屋根付きのスタンドが2つあり、日本でも有数のスタジアムだ。収容人数は約22,600席。サッカーのみならず、ラグビーやアメフトにも対応できる。近くには、博多の森陸上競技場やアクシオン福岡、県立総合プールなどの施設も揃う。 ...
遺跡の数は福岡市だけでも何と950ヶ所以上。福岡市埋蔵文化財センターは、そんな福岡市の遺跡から出土した考古資料を所蔵・管理し、さらに保存処理・分析調査までしている。収蔵資料だけでなく、遺跡の発見や発掘方法、研究方法まで公開。保存処理の様子も見学でき、考古学ファンにはたまらない。また、定期的に出前授業や考古学講座も行われている。
黒田家の菩提寺であった崇福寺境内の西北に接して所在する歴代の墓所。藩祖・黒田如水、初代・長政、四代・綱政、六代・継高、七代・治之、九代・斉隆の歴代藩主とその一族、また直方藩主などを中心に祀っています。昭和25年(1950)に改葬工事が行なわれ、二十数基あった石塔は如水などの一部を除き廃されました。現在は12基の石塔が残されています。福岡藩の歴史遺産として、大変価値の高い市指定の史跡です。
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墳長75m以上、高さ8mの前方後円墳で、福岡市の指定史跡。古墳時代初期に築かれたものとされている。墳丘は地山整形と盛土からなり、周囲には鍵穴形に周溝がめぐらされている。内部主体は後円部の中央に2基あり、第1主体は未調査、第2主体は長さ2.3mの割竹形木棺の直葬で、三角縁神獣鏡と玉類が出土した。福岡平野の首長墓の系譜では最古に属するものとされている。
福岡平野東南部、月隈丘陵から延びる丘の上に築かれた円墳。大きさは直径34m、高さ9m。内部主体は複室の横穴式石室で、全長11.2mを誇る。大きな花崗岩を組み合わせて造られた石室は、福岡平野で最大級の規模だ。墳丘・石室の規模から御笠川中流域の有力豪族を被葬者とし、6世紀末〜7世紀初頭に築造された古墳と考えられている。石室の保存状態は良好。中に入って見学できる。
作者は20世紀を代表するイギリスの現代彫刻家、ヘンリー・ムーア。福岡市政100周年を記念し、市民からの基金によって設置された。子供を包み込むようにして博多駅前に横たわるその姿は、博多を訪れる人までも優しく包み込んでくれるようだ。
インドネシアのアーティストエコ・ヌグロホさんが制作したこの作品は、高さおよそ5メートル、幅2メートルほどです。
上部は博多湾の豊かな自然を、下部は活気のある都市活動を表しています。カラフルでエネルギーに溢れる作品が、訪れる人たちを迎えています。博多港エリアに散策しながら、是非見に行ってみてください。
JR博多駅にほど近い場所にある比恵公園。中央に、高さ4メートルの大きな掌のモニュメントがそびえ立っています。山梨県出身、福岡市在住の作者は、数多くのパブリックアート作品を手掛け、また、障がい者アートのプロデュース活動も行っている彫刻家。
この作品はアジアの玄関口、福岡での出会いや別れが表されているそうです。行き交う人の時間帯、向かう方向によって感じ方が違い、「ハロー」にも見えれば「グッバイ」...
明光寺祖忠の開基。元禄9年(1696)、三代福岡藩主・黒田光之の宰臣・立花実山が本寺を建立し、加賀大乗寺の卍山和尚が招かれて開山した。実山は貞享3年(1686)と元禄3年(1690)の参勤交代の際、千利休の教えを筆録した高弟・南坊宗啓の秘伝書を発見し、『南方録』(市指定文化財)として世に伝えた。また、実山は南坊流を興した茶人としても有名。寺宝として『卍山和尚語録』、実山の日記『梵字艸』などを...